第37話 パスポート
海外旅行でいちばん怖いのは、パスポート紛失ではないでしょうか。再発行できるまで現地に留め置かれます。短くても数日かかる、少なくとも、あの事件の頃はそうでした。
ちょうと二十年前、秋に友人とパリ、ボルドーまでバレエ鑑賞の旅に。お互い時間がとれないので、二泊五日の旅です。夜の便で成田を発って早朝パリ着、一泊して翌朝、ボルドーへ。予定通り、パリオペラ座、新旧ふたつの劇場で鑑賞を終え、うっとり気分のまま、空港へ。ボルドー便はあっちね、と移動しチェックインしようとしたとき。
パスポートがない
さっき、バッグを開けたかもしれない。探してくるね、と、今来た道を引き返したけど、見つかりません。
歩きながら覚悟を決めました。
ダメだ、私は行けない。再発行してもらわないと。
真っ青です。三連休に海外旅行、なんて誰にも、職場にも告げていません。
金曜の朝、荷物持参で職場のある駅へ。コインロッカーに荷物を預け、退社後、荷物を出して空港へ。火曜の朝、成田から最寄り駅へ、荷物預けて何くわぬ顔で出社。そんなもくろみがおじゃんです。
職場に報告して出かけたのなら、帰国後、大変だったね、となるかもですが、内緒。
三連休しかないのにパリへ、だって。好きだねえ、遊んでばっか、とか、言われそう。何より火曜日に出社できない理由をちゃんと言わないといけない、日本に電話して。
同僚や上司のあきれ顔が脳裏に浮かびます。帰国後の私の立場は? 言い知れぬ恐怖に包まれました。
しかし、じたばたしても仕方ない、と、友人の元に脆ると。
「はい」と、彼女が差し出したのは、私のパスポート!
なんでも、彼女が持っていた白い手提げビニール袋(ボルドーで某ダンサーに捧げる花束が入っていた)にパスポートが滑り落ちていだらしいのです。
その場にへたり込みそうになるほど、安心しました。
というわけで、楽しい旅を終え、無事、帰国。火曜日の朝、いつものように出社した私でした。
なかなか長期休暇が取れない職場でしたが、これで味をしめた私は、三連休でまた行くぞ!
というわけで、わずか二か月後。12月にも二泊五日でパリに行ったんですよ、今度は一人で。本当に懲りないヤツです。
今はいろいろ障害があるし、ごひいきのダンサーもすべて引退。行ける時に行っておいて本当によかったです。
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