第25話 霊感ゼロ
看護師だった母が新米の頃。初担当の患者さんを精いっぱいお世話したが、残念ながら亡くなった。
と、その患者さんが、母の枕元に立ったという。一生懸命やってくれた、とお礼に来たのかな、と母、
正直、うらやましかった。私にはそんな経験は訪れないだろう。自分の鈍さというか霊感ゼロ、を自覚していた。
月日は流れ、私もいっちょまえに恋をした。彼はある秋の日、突然、他界。生きながら死んでいるような日々が続き、桜の季節に。
満開の桜の下、春なのに彼はいない。そう思ったら崩れ落ちそうになった。
その時、私の中に、温かい何かがあふれた。胸のやわらかい部分をそっと包んでくれるような不思議な感覚。
彼だとしか思えない。
いるの? ここにいるの?
辺りを見回したが、もちろん何も見えるはずがない。
そんなに落ち込むな、安心して成仏できないじゃん、と彼に言われた気がした。
父が亡くなった時は、実家で二日ほど、なにかの気配を感じた。家に帰りたかったのに、病院で迎えた最期。それが口惜しかったのだろうか。
その後、実家は処分したが、十年ほどたって、故郷に行かねばならない用事ができた。私は、日帰りで出かけた。
やれやれ祝ったよ。
リムジンバスに乗ろうと駅への交差点を渡ろうとしたとき、目の前に父が立っていた。いつもの淡いグレイのスーツに、穏やかな笑みを浮かべて。
文字通り、私は固まった。
そこは長距離バスの発着所で、私も何度か利用したことがある。早朝、駅に着く私を、父は必ず迎えに来てくれた。バスの傍まで来て、車内の私の姿を確認してくれたものだ。
そんな場所だから、まぼろしを見たのだろうか。あまりに唐突で、こんなことってあるのかと思いつつ、私はうっすらとした幸福感に包まれていた。
お父さん、ありがとう。
改めて、父に感謝した。
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