第22話 軌道上

「キー、キ、キ」

 かすかな動物の声がする。

「ミッキー! また会えたね」

 ユーリは、喜びの声をあげた。

「キキー、ウキキキ」

 サルのミッキーの声も弾んでいる。友達に会えた、と認識しているのだ。本名は知らないが、ミッキー、と呼ぶと応えてくれる。

 月軌道上で、両者を乗せた宇宙船が近づきつつあった。

「久しぶりだね、また話ができて嬉しいよ」

「ウッキー、ウキキキ」

 ミッキーの声が明瞭に聞こえてくる。

「会いたいなあ、ミッキー。話すだけじゃなく、君と会って抱きしめたいよ」

 僕らは同志だもの、とユーリはつぶやく。


 長い長い孤独の旅路。

 その果てに、やっと聞き取れたミッキーの声。

 同じ境遇なのだ、と気づいたときの、なんとも言えない悲しみと歓び。

「こんなミッションに選ばれるんだもの。ミッキーは優秀なんだね」

「キキキー,、ウキキキッ」

 その声は自慢げに聞こえる。

「ミッキー。君の国は自由と人権を何より大事にするんだよね」

「キ、キ」

「君は人間じゃないから、こんな目にあわされたのかな。ひどいよね」

「キキキー、ギギ」

 ミッキーの声には怒りがこもっている。

 動物だから、と、こんな境遇に落とされたミッキー。しかし人間であっても、自分たちの国では。

 僕も実験台にされたようなもんだ。

 ユーリの眼は、窓の外に向けられている。そこには漆黒の闇が広がるばかり。


 ふたつの超大国が競い合っていた。ユーリの国がいち早くロケットを月軌道に乗せ、競争を優利に進めていた。

 帰還すれば、次はいよいよ月着陸第一号の栄誉。パレード、叙勲、英雄としての輝かしい一生。しかし、機器のトラブルが。

「現在、対策を考えている」

「落ち着け、ユーリ。追って連絡する」

 地上からは気休めのような連絡が繰り返され、やがて、ぷつりと途絶えた。


 絶望の果てにユーリは悟った。

 見捨てられたのだ。

 死ぬのは仕方ない。だが、せめて故郷の緑の草原に埋めてほしかった。

「キ、キキ」

 ミッキーの声が小さくなる。

 ふたつのロケットは月軌道上ですれ違い、ふたたび逆方向へ離れていく。

「またね、ミッキー」


 宇宙服を着たサルのミイラを乗せた船が、遠ざかる。

 見開いたまま干からびたユーリの眼には、もう何も映らない。

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