第20話 やりなおし

「生活力のない男はダメだよ。いくら夢があっても」

 奈美が十代の頃、母にそう言われた。

 だろうな、とは思ったが、二十五の時、奈美は画家の卵の博と恋に落ち、運命の相手だと思った。

 そんな奈美に、資産家の息子、礼司が求婚した。悪い気はしなかったが、博との愛の方が大事。奈美は周囲の反対を押し切って、博と結婚した。


 二十五年が過ぎた。

 博の絵は全く売れず、生活は奈美が支えた。子供が欲しかったが、育てられる当てもなく、中絶した。それでも、いつかは博が一流の画家になってくれると信じて耐えたが、博は次第に荒れていき、酒に溺れる毎日だ。

 博と結婚したのは間違いだった。

 今では、奈美もそう思うようになり、娘時代の母の忠告を聞いておけばよかった、と激しく後悔している。


 秋の夕方。公園のベンチで、奈美は、ガサガサの手をみつめていた。安いハンドクリームさえ買えない生活。

 礼司さんと結婚すればよかった。

 あの日に戻れたら。もう一度、やり直せたら。

「本当に、やり直したいのかね」

 ギクッとして顔を上げると、見知らぬ老婆が立っていた。

「やり直したいです! 本気でやり直したいと思ってます」

 何故、考えていることが分かったのか、という疑問より、心の叫びが口を突いて出た。


 気がつくと、奈美は豪華なウェディングドレスに身を包み、目の前には礼司の笑顔。指輪をはめてもらい奈美は有頂天だ。

 あのおばあさん、願いを叶えてくれたんだ!

 こんなお屋敷に住めるなんて夢みたい。

 なに不自由ない生活。ありがとう、と感謝しているうちに、娘と息子が生まれ、忙しく日々が過ぎた。

 やがて、奈美は、夫の浮気に気づいた。はじめは謝っていたが、次第にふてぶてしく大胆になり、隠し子があることまで判った。

 夫婦喧嘩が絶えず、子供たちは荒れた。礼司が引きついだ家業は傾き、倒産した。債権者が家に押し寄せ、奈美は気が変になりそうだ。


 こんなはずじゃなかった。

 やり直せば、幸せになれると思っていたのに。

 奈美が公園のベンチで途方に暮れていると、あの老婆が近づいてきた。

「話が違うじゃないの!」

 奈美は、老婆に怒りをぶつけた。

「何が違うんだね。願いを叶えてやったのに」

「で、でも」

「やり直したいというから、そうさせてやっただけ。やり直せばうまくいくなんて、言った覚えはないからね」

 老婆は、にたりと笑った。


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