第19話 骨

 生物の時間。

 大事そうに教師が取り出したのは、頭蓋骨だった。

 象牙色で。やや小振り、頭蓋骨としか言いようのないそれは、静謐な空気を醸していた。

 誰の骨、とも、本物ともレプリカとも説明はなく、とにかく丁寧に、いとしげに教師が扱っていたことだけを覚えている。生徒に説明する言葉も、頭蓋骨に対して、やさしく話しかけているようだった。

 その静けさに私は惹かれ、怖いとも何とも感じず、親しみさえ覚えたのだった。


 その頭蓋骨は、先輩にあたる女子生徒のものだと噂されていたことを、後に知った。

 遺体が見つかった時には、もう骨になっていたそうで、あの頭蓋骨は、ご両親が寄贈したものだという。

 事故とも自死とも、聞いていない。ただ、ご両親の寄贈とだけ。

 絵画や写真で見る頭蓋骨は恐ろしかったし、「彼女」のように親しみや静けさを感じることはなかった。


 月日は流れ、あるニュースに私は愕然となった。

 ある高校で、本物の頭蓋骨が見つかって問題になっていると。私の母校とは、全く別の高校での事件。

 何故、本物があったのか、誰のものなのか。調査中、とだけニュースは伝え、その後のことは、全く不明だ。


 私が驚いたのは、学校に本物の頭蓋骨(ほかの部位であっても人骨)が存在することは許されないらしい、という事実だ。

 では、私が母校で見た、あの頭蓋骨はなんだったのか。

 もしかしたら、教師が見せてくれた頭蓋骨は、単なるレプリカだったのかもしれない。

 だとしたら教師の、に対する敬意が不可解だ。作りものなら作りものと初めからそう説明し、よくできてるでしょ、とかなんとか言いそうなものだ。


 あの瞬間、私はレプリカとは微塵も感じなかった。複製画と本物の絵には天地の差がある、それとと同様に、レプリカと本物の頭蓋骨も全く別物ではないだろうか。「「審美眼」を持ち合わせているとは言えない私でも、その程度はわかる気がする。


 田舎の高校生の前に穏やかな死を見せてくれた「先輩」に、私は今でも感謝している。


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