第18話 ふたりに見えますか

「ひとり? ひとり?」

 ナンパ男に訊かれて彼女は言った。

「私が、ふたりに見えますか?」


 雑誌で読んで、爆笑した話。

 そう、ナンパ男は必ず言うんだよね、「ひとり?」って。

 今だからいいけど、半年前。子宮筋腫の手術直後だったら傷跡が痛んだことだろう。


 先月、月曜の朝。同僚が話しかけてきた。

「昨日、銀座にいたでしょ」

「ううん」

「ええっ、ぜったい佐久間さんだと思った」

 あんなに似た他人がいるんだ、と驚いていた。


 先週は、高校時代の親友から、

「冷たいね。声かけたのに無視された」

 と怒りの電話。

「そっくり。つうか、美穂だとしか思えなかった」

 世の中には、自分と同じ顔の人間が三人いるとか。これで二人いることが分かった。三人目は現れるのか。

 瓜二つ、となれば、まず考えられるのは双子の片割れ。ドラマとか漫画によくあるよね。


 秋の彼岸も近い日曜日。昼食後、私は母に尋ねてみた。

「ねえ、おかあさん。私、本当に一人っ子?」

「なによ突然。そうに決まってるでしょ」

「双子の妹とか、いないの? 事情があって、生まれてすぐ養子に出したとか」

「まさか」

 母は笑ったが、突然、顔を曇らせた。

「あんたの腫瘍のことだけどさ」

 気持ち悪いから黙ってたんだけど、と声を潜める。

 握りこぶしほどと異様に大きかった。

「中にさあ。長い髪が詰まってたって。歯も一本」

 長い髪。歯。

 私は声が出なかった。


 午後、雨が降りだした。

 予定通り、母は友人との温泉旅行に行ってしまった。

 ねばつくような雨音に気が滅入る。

 さっきの腫瘍について考えずにはいられなかった。

 私たちは、やはり双子だったのではないか。

 ふたつに分かれた受精卵の片方が片方に取り込まれてしまった、としたら。

 私が成長するにつれ。片割れも育っていったが、やがて子宮内の異物として、取り除かれる。


 私ったら、なんてことを想像してるの。

 笑おうとして、頬がひきつる。

 単なる妄想なのに、笑い飛ばせない。

 自分を呑みこみ切り捨てた姉を、この私のことを、妹はどう思っているのか。


 ごめん、妹。

 そんなつもりじゃなかった、私は何も知らなかったのよ、本当よ。

 お願い、許して。

 夜の部屋で、私はふるえる。



 濡れた足音が近づいてくる。音もなくドアが開く。

 私は、ぎゅっと目をつぶった。

 気配は、私の背後で、ぴたりと止まった。

 こわい。こわくて、目を開けられない。


 ねえ、そこのあなた。教えてください。


 私が、ふたりに、見えますか?

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