第15話 とれちゃった

 その日も俺は、早朝散歩に出た。

 角の信号で、高齢の女性がスマホで通話中。あたりをうろうろ、落ち着きがない。

 今度は、信号の前に陣取った。近寄りたくないが、道を渡らないと。

 仕方なく横断歩道に近づくと、

「アレが、とれちゃったんだよ」

 声が耳に入った。

「ま、大したことないんだけどさ」


 何がとれちゃったのだろう。

 大したことない、と言うが、こんな時間に報告するからには、それなりの事件かも。

 そう思いつつ、信号を渡り、いつもの散歩コースへ。

 十分ほど歩いて戻ってくると、さっきの女性が、まだいた。

「アレが、とれちゃったよ」

 同じことを言っている。


 もしや、アブない人か。ちょっと気味が悪い。

 朝の五時台にマンションの前で、大声でしゃべり続けている、近所迷惑だ。

 住人が出てきて文句つけられても知らないぞ。いや、触らぬ神にナントカで、見て見ぬふりかな。

 このご時世だというのにマスクは着けてないし、派手な模様のTシャツに、柄ものパンツ、バッグも花模様と、ちぐはぐだ。

 俺は、そそくさと彼女のそばを離れた。


 速足で通り過ぎ、やれやれと思った時。

「アレが、とれちゃったんだってば」

 ぎょっとして周囲を見回すが、誰もいない。

 どうやら声は、俺のスマホから聞こえてくる、らしい。

「ちょっと。聞いてんのかい、ノブ!」


 心臓が止まるかと思った。


 あの婆さん、なんで。

 なんで知ってるんだ、俺の名を。

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