第14話 祈り
車が来ないか、よく見たつもりだった。
五歳の私は道を渡ろうとした。
一瞬の闇。
私は、軽トラックの前輪の間から自力で這い出た。
運転手さんに抱かれて泣きじゃくった気もするが定かではない。転んだ時に打った額に擦り傷。けがは、それだけだった。
本当に運が良かったのだ。私は道と平行に、軽トラの車輪とも平行に転び、車の下にすっぽり収まった格好だった。
もし、斜めに転んでいたら。足を轢かれて障害が残ったかもしれないし、頭の方なら、命がなかった。
カトリック幼稚園に通っていて、毎晩、神様にお祈りをしていた。あれで済んだのは、お祈りのおかげだね、と母は言った。
社会人になって住んだ街では、ミゼットが元気よく牛乳配達をしていた。映画「ALWAYS三丁目の夕日」で鈴木オートの社長が乗っていた、レトロな三輪トラック。
今時珍しいよね、と同僚の男性に話したら、露骨に嫌そうな顔をした。
子供の頃、ミゼットに轢かれて大けがをしたのだという。
「病室で寝てたら、脚を切断する、って廊下で話してるの、聞こえてきてさ」
そこまでシリアスな状況だったのだ。幸い切断はしないで済んだが、ミゼットに好意を抱けなくて当然だ。
もし、私を轢いたのがミゼットだったら?
道路に平行に転ぼうが、前の車輪は避けようがなく、大けがをしただろう。同僚のように脚を、あるいは上半身を。落命したかもしれない。
本当に運がよかったのだ、と改めてゾッとした。
思えば、あれ以来、命のピンチらしきものは経験がない。
運がいいなあ、とつくづく思う。悪運の強いヤツだ、私は。
その反面、ふと、奇妙な思いが湧いてくる。
あのとき私は、本当に助かったのだろうか。
五歳で命を失うのが口惜しく、生への妄執を断ち切れず、生きているという夢を見続けただけではないのか。
だとしたら。それにはもう、疲れた。疲れ果ててしまった。
このところ私は久々に、神に祈りを捧げている。
神様、私は十分に夢を見させて頂きました。長い間、本当にありがとうございました。
正直、疲れてしまいました。
どうか、そろそろ私を、帰天させてくださいませ。
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