第11話 置いていけ
担任が休みだったのか、その日は女の先生が代わりに来て、昔話もしてくれた。数十年前のことである。
先生の、おじいさんが若かった頃、というから、少なくとも百年以上、前のこと。
冬のある日、若き日のおじいさんが、村はずれを歩いていると、雪道に、油揚げが落ちていた。
目の錯覚かと思った。
油揚げは、すぐに消えた。
首をひねりながら、さらに歩いていくと、今度は、目の前に、不気味な老夫婦が現れた。
そして、声を揃えて。
「油揚げを、置いていけ」
狐だ!
そう直観した、おじいさん。背中に括り付けていた風呂敷包みをほどき、油揚げを取り出すと、老夫婦に放り投げ、今来た道を、全速力で駆け出した。
狐って、本当に、化けるんだ。
絵本などでは知っていたが、実話を聞いたのは初めてで、感心してしまった。
おじいさん(当時は青年だが)が油揚げを持参していたこと、なんでわかったのか、臭いを嗅ぎつけたのか。
そもそも、何故、狐は、油揚げが好きなのか。
しかし今となっては、この後で先生が話したことの方が、よほど印象に残っている。
温暖な九州に住みたい、と先生は仰った。
「でもねえ。九州には、台風がくるからね」
私も、そうだよね、と、頷いた。
当時は、毎年、秋になると、台風が九州で猛威を振るっていた。
月日は流れ、台風は、九州独自のものではなくなった。それどころか、毎年、全国のどこに被害をもたらすか分からない、不気味な存在になっている。
それ以上に恐怖なのが「線状降水帯」。ほんの少し前までは、聞いたこともなかったのに。
もはや、化ける力も失ってしまったらしい狐より、自然災害の方が、現在では、よほど恐ろしい。
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