第5話 思い出すんじゃなかった
その水槽は、幅八十センチくらい。
応接室の頑丈そうな棚の上に置かれ、三十センチはありそうなアロワナが、悠々と泳いでいる。水槽の住人がそれだけなら、気持ちよさそう、と、冷静に眺めていられただろう。
右奥の端には、奇妙なものが、へばり付いて付いている。
十センチほどの細長い、色とりどりの魚たちが、縦にぴったりと重なり合い、水槽の端に、魚柱みたいに立っているのだ。
擬態、と呼んでいいのだろうか。
巨大なヌシに、一匹ずつなら、ぱくっとやられてしまうから、くっつきあって、一匹の、それなりに大きな魚のふりをして、息を殺している。
まさか、オブジェではあるまい。彼らは生きている、死んでいるなら、水面に浮いて、横になっているはずだ。
こんなことが、あるのだろうか。
彼らはみな、全く別の種類だ。
赤、青、黒に水玉模様。などなど、なじみのない姿ばかり。くっつきあうことだけが生きる道、と、本能的に行動し、この形態にたどりついたのか。
なんとも、息苦しい光景だ。
実際、息が詰まりそうだった。自分が同じ立場だったら、ストレスで、おかしくなってしまいそう。
自暴自棄になり群れを離れ、自分からヌシの口に飛び込んでしまった方が、マシなのではないか。そんなことすら考えてしまう。
息が苦しい。
どうして、思い出してしまったのだろう。
ネタを求めて、記憶の底を、かき回しすぎたのだ。せっかく忘れ果てていた嫌なものが、そのために、ぽっかり表面に浮かび上がってきたのか。
酸欠の金魚状態だ。
息ができない、気分が悪い、悪夢を見そうな予感に、怯えている。
ああ、いやだいやだ。
思い出すんじゃなかったよ、本当に。
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