第4話 雪の橋

 初めての引っ越しは、五歳の冬。

 幅五十センチくらいの、こんもり雪の積もった橋を渡って、小川の向こうに行っていた。

 春になり、雪が溶けて、びっくりだ。

 橋は、三十センチほどの幅。こんな細いとは、ちゃんと真ん中を通ってよかった。少し端に寄ってたら、小川に落ちたかもしれない。

 以来、冬は慎重に、その橋を渡ったものだ。橋のこちら側、つまり、私の家がある方には、あまり人家がなかった。だから。あんな橋でお茶を濁されていたのかもしれない。


 集落には、知的障害の、若い女性がいた。名前は失念したが、皆、呼び捨てにしていた。当時は、それが普通だった。

 彼女は、奇声を発し、あたりをうろつく。正直、とても怖かった。何をされるわけでもないのに、どうか、道で出会いませんように、と、びくびくしながら歩いた。

 悲し気なご両親。彼女をからかう、悪ガキども。そんな姿を覚えている、気がするが、空想が生んだ、にせの記憶かもしれない。


 ある日、彼女が、川で死んだ、と聞かされた。

 朝、川で死体が見つかったと。

 近所の川と言えば、あの細い橋がかかる小川しか、ない。土手から足を滑らせても、溺れるような深さはない。

 しかし、足をくじいたりして這い上がれないまま、夜を迎えたら。冬ではなかったが、北国の夜は冷える。川の水は夏でも冷たいし。


 子供は残酷なものだ。彼女に怯えることは、もうない、と思うと、私は安心し、やがて、彼女のことを忘れていった。

 十歳になり、我が家は引っ越し、あの橋とも縁が切れた。


 だが、何故だろう。

 今になって、彼女のことを思い出すのだ、人の体を流す力もない、小さな川に横たわり、光のない目に、青空を映す彼女を。

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