母と私と直と斜

Jack Torrance

第1話うちの母さん、言い間違いが酷いんです!

先日、実家で今年75になる母とキッチンのテーブルを囲み昼食をしていた時だった。母が昨夜、食した冷凍食品の袋をゴミ箱に捨てずにまだテーブルの上に放置していた。母はその袋を手にして私に言った。「この鶏の直火焼き(ちょくびやき)と彩り野菜の炒飯、全然美味しくなかったんよ。野菜もちょっとしか入ってなかったし」私は野菜の件(くだり)はどうでもよかった。企業とは誇大広告し商品を顧客に売りつけるものであると認識しているからだ。だが、言い間違いは、その人が間違った知識や誤った認識をしていると思うので訂正してやるのがやさしさだと私は思う。その間違った認識はその後も続き恥をかくのは本人だからだ。私も多くの間違いを指摘され大いに助かっている。だから私は母の認知症を疑いつつも、この人は少女のようにチャーミングな人だなと思いながら失言を訂正した。「直火焼き(じかびやき)やろ」それにしても母の言い間違いは尋常ではない。烏尾(からすお)トンネルを烏尾(とりお)トンネルと言ったり一握りの人間をひとつまみの人間と言ったりする。この前なんかはチューブの前田 亘輝氏の名を失念し「ああ、あの人、夏になっったら歌う人」と言っていた。私がこの年まで母を粛清しなかったのは一重に母を愛しているからであろう。母は笑っていた。しかし、その時だった。私の脳内にある疑問が生じた。私のミトコンドリア級の脳味噌がミキサーにかけられた果実のようにグルグルグルグル回り出した。ちびくろサンボの木の周りをグルグルグルグル回っていた虎達は本当に主成分はバターで出来ていたのだろうか?そして、サンボ達は、あんなに大量のパンケーキを食べきれたのだろうか?そんな液状化していく私の脳味噌に気も狂わんばかりに怖気を振るっていたら話が大きく脱線してしまった。いや、待てよ。直接(ちょくせつ)日にかけているんだろ。直火(ちょくび)でもいいじゃないか!直線(ちょくせん)や日直(にっちょく)や直射日光(ちょくしゃにっこう)と呼ぶじゃないか。これらの呼び名が直火の理論が適応されるとするならば直線(じかせん)や日直(にっじか)や直射日光(じかしゃにっこう)でもいいのではないのだろうか。正直(しょうじき)?正直(しょうじか)でも正直(しょうちょく)でもいいじゃないか。真っ直ぐ(まっすぐ)?真っ直ぐ(まっじかぐ)でも真っ直ぐ(まっちょくぐ)でも真っ直ぐ(まっじきぐ)でもいいじゃないか。手直し(てなおし)?手直し(てじかし)でも手直し(てちょくし)でも手直し(てじきし)でも手直し(てすし)でもいいじゃないか。手直し(てじかし)は手塚氏、手直し(てじきし)は手品師に似てるなと私はまたしても脱線した。私は関西人ではないが『直』って何通り呼び方あんね~ん!と心の中で突っ込んだ。どれが音読みでどれが訓読みやね~ん!と私の理性は崩壊した。昔の言語学者は何を意図してその読みをチョイスしたのだろうかと私は昔の言語学者に思いを馳せた。私は辞書を編纂している人に直談判してやりたい衝動に駆られたが、このジャンキーでアナーキーな変態野郎めがと爪弾きにされ鼻で笑われながら徒労に終わると思ったのでエッセイを書いた。私は真っ正直で真っ直ぐな男で在りたいという想いはあるが物事を斜に構えて見る習性を備えているので敵は多いだろうなと頑なに想像した。敷かれたレールの上は進まない。この世に生を受け土に帰るその日まで真っ直ぐなレールなんて有り得ない。私は今日は東へ、明日は西へ、曲がりくねったレールを己で敷き詰めていく。私の敷いた、その曲がりくねったレールは急勾配な上り坂や下り坂の連続だろう。私は母の死をいつも考える。人間とは今日元気でも明日の身は知れない。母の死に直面するのが私の恐れている事だ。病気で長患いするかも知れないしそれはそれで辛い日々だ。母の苦しむ姿は見たくない。だから私は母とのこんな一幕に喜びを感じ母がこうして生きてくれている事を感謝している。私は母を誘って私が敷いた紆余曲折の傾斜だらけのレールの上をジェットコースターのように列車に乗って漫遊する。死の終着駅までサバイヴしながらノンストップで母と私は残りの人生を謳歌する。疲れた時にはのんびりとしたおんぼろな駅舎で下車して一息つく。母と私のくだらない馬鹿話はそうやって続くのである。

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母と私と直と斜 Jack Torrance @John-D

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