第9話 一番きちぃ間男

「はぁ……白ギャルさんがここまでヤベェ奴だったとは……将来こんなのが家族になるのは困りますね。早めに駆除しておかないと――」

「おーい、かなでー、まいちゃーん。お前ら学校はー? お父さんもう出ちゃうぞー。戸締り――ん?」

「あ、父さん。ちょうどいいや、実は紹介したい人が――え?」

 鈴木響平――僕と舞の実の父親が部屋の扉を開けた瞬間、綾恵さんの姿が消えた。ていうか布団にササッと潜り込んでその身を隠した。本当に猫のような素早さだった。えー……。

「お父さーん、メス猫が家に入り込んでんだけどー。この家のセキュリティどうなってんのー?」

「いや舞ちゃん、お父さんには普通にセーラー服着た女の子に見えたんだが……」

「父さん、実は僕の彼女が来ていて……綾恵さーん? どうしたの……?」

 そっと布団をめくってみると、綾恵さんはビクッと震えて、

「あ、あは……い、いえ、さすがにまだご家族にご挨拶というのは早いかと思いまして……手土産もお持ちしておりませんし……」

「おー、何だ、奏に彼女? よかった……これでやっと舞ちゃんの兄離れが……救世主よ、父君にそのお顔を拝見させては……あれ? 君……」

「ひっ! あ、あの、いや」

 綾恵さんの顔を覗き込み、首を傾げて何かを思い出そうとする父さん。明らかに狼狽しながら顔を隠そうとする綾恵さん。

 え? なにこれ? え? なんか……なんか……。

「んー? あれ……あやえさんって言ったよな……あやえ……綾恵…………あっ、蜂巣綾恵ちゃん!? 君、綾恵ちゃんだろ!? ほら、鈴木だよ! 小五・小六の時の担任の! 何だぁ、綾恵ちゃんかぁ! 大きくなったなぁ!」

「あは、あはは……ご無沙汰しております、先生……」

 え……?

「え、父さん、綾恵さんの担任だったの!?」

「うん。いやぁ、こんな偶然あるもんなんだなー。綾恵ちゃんが奏の彼女かぁ……なんだ、何だー、やるじゃないか、かなでー。こんないい子めったにいるもんじゃないぞ? 小学生の時もなぁ、」

「や、ややややめてくださいよ、先生っ。昔の話は恥ずかしいですっ。あっ、で、でも本当にすごい偶然ですよねーっ。あは、あはは、あははは……」

 顔を真っ赤にした綾恵さんは、よくわからない身振り手振りをしながら父さんに笑いかける。気まずそうでもあり、猛烈に緊張しているようでもあり、そしてどこかとても――嬉しそうでもあり。とにかく、まだ僕には見せてくれたことのないような姿を、綾恵さんは幼き頃の恩師に、僕の父親に、確かに見せている。

 あれ……? 何だこれ? 何だこの状況。何だこの気持ち。

 モヤモヤと、悶々と、どうにも言葉に言い表せないような、つかみようのない居心地の悪さが、僕の胸の中を渦巻いていく。

「ていうか奏や舞ちゃんも……まぁ覚えてないか。でも一応、」

「いやいいから、こんなメス猫の話。普通に彼女とかじゃないから。だって奏の彼女は……。あーあ、お父さんがこの子にちゃんと性教育を受けさせとかないからこんなことに……ほんと日本の性教育って遅れてる。終わってる。お父さんは教師失格だから」

「……まぁ教師以前に親として失格かもしれないな、俺は……。娘にちゃんと性教育を施してこなかったせいでこんなことに……。ああ、なぜ俺はお兄ちゃんと結婚すると言い張っていた舞ちゃんを微笑ましく見守り続けてしまったんだ……天国の琴音ことねに顔向けできない……」

「はぁ? 何わけわかんないこと言ってんの? 十八で従妹とデキ婚するような近親相姦野郎に教えてもらうことなんてないから。早く天国のママとチュッチュしに行けば?」

「なぜ四親等に対する嫌悪感を持ち合わせていながら二親等でそうなるんだ……! 助けてくれ、琴音……!」

 舞と父さんのやり取りを潤んだ瞳で見つめ、それでも父さんの視線がチラッとこちらに向けられると、赤らめた顔を布団に伏せてしまう綾恵さん。

 父さんは「相変わらず照れ屋だなー」なんて笑っているが……何なんだ、これは……。

 おかしい……そんなのはまるで僕に告白してくれたときのような、いや、あのときよりもずっとずっと生々しくて、胸に迫ってきて、胸を締め付けてきて――恋に焦がれる乙女にしか見えないじゃないか。

 頭がフラフラする。視界が回転する。急激に喉が渇いてくる。

 僕の知らない姿を綾恵さんは持っていて。僕の知らない顔を「誰か」にたくさん見せていて――

「せんせい……」

「――――」

 高熱に浮かされているような、ポツンとした呟きだった。そんな弱々しい声に、僕は谷底まで突き落とされてしまう。

 ――その「誰か」は、たぶん僕の父親だ。優しい優しい父さんだ。父さんは僕の彼女の――その心だけを――見事に僕から寝取っていた。

 そりゃそうだよな。父さんは僕なんかと違って見た目もシュッとしていて仕事もできて、母さんと死に別れてからもずっと母さん一筋で――要するに男として完璧だ。ちんぽなんて使わなくても、自覚なんて全く無くても、教え子の心を知らぬ間に落としてることぐらいあるよな。

 ああ、なんだよこれ。心臓が痛い。息ができない。頼むから綾恵さんを奪うのはクズ男であってくれよ。何でよりにもよって、僕が一番尊敬する人なんだよ。わけわかんないんだよ。僕はもっと悔しい気持ちになりたかったんだよ。悔しさで泣きながら鬱勃起したかったんだよ。何で納得しちゃうんだ。何で納得してるのに、悔しい時なんかよりもずっとグチャグチャに心が壊されていくんだ。

 綾恵さん……綾恵さん、綾恵さん、綾恵さん……たった数日だけど僕たちはめちゃくちゃ濃い時間を過ごしてきたじゃないか。小さいころ父さんと何があったのかは知らないけど、その思い出は僕との日々じゃ上書きできないのかよ。君は僕の隣であんなに幸せそうにしていたじゃないか。一緒にお弁当やヨーグルトを食べたときも、僕に疑似NTRを見せて喜んでいたときも、何なら僕に告白してきたときからずっと、

 ――あれ? そういやそもそも何で、綾恵さんは僕なんかに告白してきたんだっけ……? もともと学校で僕と君に大した繋がりなんてなかったのに……。

 あはは、そうか、そうかよ。あははは。幼い頃から恋心を寄せていた憧れのおじさんに近づくための、僕はダシでしかなかったってわけか。あはははは。

 目の前が、真っ暗になる。全ての血液が股間に向かっていく。


 僕はこの日、初めて綾恵さんをオカズにして抜いた。どぴゅ。

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