第8話 一番やべぇ奴
「どういうことなの!? ちゃんと説明しなさい、バ奏!」
「ちょっと白ギャルさん! 私の大ちゅき彼ピ之介に失礼なこと言わないでくださいって言ってるじゃないですか!」
「メス猫はさっさと出てって。この家は動物禁止なの」
いやいや何でそんなにバチバチなの、君たち……ホントめんどくさい。
ベッドの上で僕は綾恵さんと舞に挟まれるように座っていた。二人とも僕の腕にしがみついているので僕は登校の準備をすることもできない。舞は僕を遅刻させまいと起こしにきたのではなかったのか。
「あんたも何か言いなさいよ、奏。もう散々わかったっしょ、こいつの本性は。何でいまだに恋人ごっこみたいなこと続けてんの?」
「いや舞。昨日言ってたチャラ男先輩の件は間違いだったんだ。うん、完全に間違っていた。綾恵さんがチャラ男先輩とヤリまくりというのも舞の勘違いだったし、何よりあの人は全然チャラ男先輩じゃなかった。休日は海岸清掃ボランティアとかしてるらしい。誘われた」
「え、あ、そ、そーなんだ。ふーん、へー。あ、で、でも他の噂も知ってるもん。奏のこと傷つけたくなかったから黙ってたけど」
「え。ほ、他の噂ってまさか……電通の……!?」
「デンツー……? いやほら、この子ってめっちゃおっさんウケ良さそーじゃん? てか明らかに狙ってるじゃん? だから……ね? 察しなよ。こんなこと口に出しては言えないじゃん」
「ちょっと白ギャルさん! 偏見で変なデマ流さないでくださいよ! 見るからに援交してそうなのは白ギャルさんの方でしょう!」
「は、は――はぁ!? するわけないし、そんなこと! 私は未来の旦那さんとしか絶対えっちなことしないし! だいたい、わたしは証拠つかんでるんだから!」
しょ、証拠だって……!? 綾恵さんが援助交際している証拠だって……!?
「うぅ……ひどいよ、綾恵さん……! 僕にはこんな辛い現実受け入れられないよ……! 舞、早くその証拠見せて。早く」
「そだね、まぁわたしが昨日こいつの本性を暴こうと思っていろいろ漁ったときに撮っといた写真を見せてもいいんだけどぉ、もしかして今でも持ってんじゃないかな。どうせだから現物を見せたげる。ね、メス猫さん。援交してないってんなら、そのスクールバッグの中、開けてみせてよ」
「は? 別にいいですけれど……てかもしかして昨日勝手に人の鞄を漁ったってことですか……?」
自信満々に言い放つ舞に、釈然としないながらも従う綾恵さん。綾恵さんが渋々バッグを開けると、
「……ほら! あった! この封筒! ほら、三千円! こんなの女子高生のバッグに入ってんのおかしいじゃん! どうせ登校前におっさんにエロいことでもして稼いだお金なんでしょ! さいってー!」
「うっ……ひどいよ、綾恵さん……僕に黙って博報堂の茶髪若作りおじさん部長に添い寝乳首舐め手コキしてそのスベスベの太ももにおビュルビュルされていたなんて……綾恵さんのエッチな舌出し上目遣いは僕だけのものだったんじゃないのか! うぅ……!」
「いやいやいやいや、奏君から返して頂いたものじゃないですか、その封筒。疲れた時とかにクンカクンカして体力回復するために持ち歩いているだけですよ」
そうだった。普通に先日のバイク便代だった。てか僕の妄想は余裕で三千円のサービス内容を超えていた。たぶん。
「ふんっ、なに? お金の貸し借りとかしてんの? うっわー、もう全然カップルじゃないじゃん。てか千円札とか不特定多数の人に触られまくってるものだし。そんなの嗅いでるとかやっぱ潜在的にビッチじゃん」
「うっ……そんな……! 綾恵さん、不特定多数の野口英世のちんぽを嗅いでいたなんて……っ。ひどすぎるよ……!」
「私はいま伝言ゲームの恐ろしさを痛感しました。それはもはや不特定じゃないじゃないですか。特定の細菌学者じゃないですか」
やはりおっさんには興味ないらしい。くそぉ、やっぱりチャラ男じゃなきゃダメか……頼んだぞチャラ男!
「はぁ……てゆーかさぁ」舞が大げさなため息をつく。「わたしと奏見てたら普通わかるじゃんね。ね、奏? そーゆーとこ空気読めない子なんだろうなぁ……はぁ……」
「は? 何ですか? 何が言いたいんですか、白ギャルさん」
「んー? いやさぁ、わざわざこんなこと言葉にしたくないの、わたしらは。まぁ腐れ縁ってゆーか、気の置けなすぎる仲ってゆーか、とにかく生まれたときからずっと一緒にいるから、改めてはっきり言うのは恥ずかしいのっ。あんたとのあっさい浅い関係とは違うんだから! まぁ生まれたときからずっと一緒にいるからこそ言葉なしでも通じ合えちゃってはいるんだけどね……はぁ……こんなこと言わせんな、バ奏!」
「結局何が言いたいのか1ミリも分かりませんでした」
「だからー、わたしと奏の関係くらいわかるでしょって言ってんの」
「兄妹ですよね。双子の」
「そーだけど、そーゆーこと言ってんじゃないから。はぁ……わっかんないかなぁ……わたしと奏ってさ、ほら、見るからに熟年夫婦ってゆーかさ、いやわたしが思ってるわけじゃないんだけどぉ、でも周りがさー、ほら、すごい言ってくるしさー。お店とかでもいっつもイチャラブカップル扱いされて困っちゃうしさぁ」
「でも兄妹ですよね。双子の」
「はぁ……ほんっと子どもなんだね、あんたって。大人の男女の機微ってものがわかんないんだ」
「機微とかじゃないんで。がっつり民法上の問題なんで」
「確かに民法のせいで奏が十八歳になってからじゃないと、その、お嫁さん、にはなれないけど……でも恋愛ってそーゆーことじゃないじゃん」
また舞が何か怖いこと言ってる。僕は妹が怖いこと言ってるときは心を無にして完全スルーすることにしている。めんどくさいからだ。経験上、怖いときの舞を相手にするととてもめんどくさいことになると知っているからだ。ホントめんどくせぇ……。
「でも兄妹ですよね。双子の。何をそんなに顔を赤らめて奏君をチラチラしながら指つんつんしてるんですか? 妹ですよね。実妹ですよね、奏君の」
「わ、わたしだって別に奏のこと好きとかそーゆーわけじゃないんだからねっ。でもさ、だってさ、奏がそーゆー目で見てくるんだもん……今すぐ自分の赤ちゃん、わたしに作らせたいって。二十四時間三百六十五日、常に自分の赤ちゃんの素をわたしのお腹で泳がせとかなきゃ気が済まないって……わ、わたしはちゃんと十八歳になってからじゃないとダメって言ってるんだよ? でも……わたしの心も体も……もう奏の赤ちゃん作る準備できちゃってるんだもん……っ」
「あなたに出来ていても国と宗教と人類にそんな準備は出来ていないんですよ……」
僕は床のシミを眺めて無の心を貫いていた。めんどくさいからだ。めんどくせぇ……。
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