第10話 催眠アプリ
「ふ、ふひっ! はぁはぁっ、綾恵ちゃん……! キミはボクの言いなりだからね……! はぁはぁっ、じゃ、じゃあさっそく、ボ、ボボボボボクのちんぽをしゃぶるんだな……! ふひっ!」
「……わかりました……私は玉木様のメイドですので……」
薄暗いアニメ同好会の部室。小太り眼鏡の男子生徒が汗を垂らしながら息を荒らげる。その足元では寝ぼけ眼の綾恵さんがひざまずいて、彼の要求に盲従している。その様は、逆らう意思がないというより、逆らうことを知らないかのようで。
「や、やめろ……綾恵さんを解放しろ……!」
「ふひひっ! 無駄なんだな、彼氏君! 彼女は今、この催眠アプリによって自分のことをボクのメイドだと思い込まされているからね! 君も弱催眠によって立ち上がれないようにしてあげたから、そこで綾恵ちゃんがボクのモノにされているところを情けなく眺めてるといいよ! ふひひっ!」
「くそぉ……! 何て卑劣なアプリなんだ……!」
「ふひっ! さぁっ、メイドよ、早くボクのズボンをおろして、ご主人様ちんぽにキスをするのだ! ふひっ、ふひひっ!」
「はい……それでは……」
綾恵さんが小太り眼鏡のズボンのチャックへと両手を伸ばし、
「やめてくれ、綾恵さん! 目を覚ましてくれ!」
「ぱんっ♪ 催眠解除♪ 死んじゃえっ、豚さん♪」
手のひらをパチンと打ち合わせた。その瞬間、
「ぅ――――」
小太り眼鏡はふらっとよろめき、そのまま床へと崩れ落ちた。
「え……どういうこと……? 綾恵さんは催眠をかけられていたはずじゃ……何でいきなり自由に動いて、しかもこいつの方が急に失神を……」
「うっそでーす♪ 寝取られてませんでしたー♪ 操られていませんでしたー♪ 催眠をかけられていたのは豚さんの方でしたー♪ あはっ♪ 催眠アプリなんてあるわけないじゃないですかー♪ 発想がオタクオタクぅー♪」
「は……?」
綾恵さんは今日も今日とて喜色満面でダブルピースを決めながら僕を煽り立ててくる。豚さんは虚ろな目で泡を吹いて転がっている。大丈夫か?
「うふふ♪ 実はプロの一流催眠術師に頼んで、豚さんに催眠をかけてもらっていたんですよ♪ 催眠アプリというものが実在すると思い込ませたんです♪ この身の程知らずの豚さんは以前私に告白してきたことがあったので今回ターゲットにして差し上げました♪ さすが普段からオタク妄想しているオタクなだけあって催眠にも非常にかかりやすかったそうですよ♪」
「え……ま、まさか催眠による疑似NTRで僕を興奮させるためだけにそこまでのことを……? プロの催眠術師って、依頼料金もかなり……」
「ま、まぁ、そうですね……あはは……でも奏君を喜ばせるためですから……私も頑張って……その……か、身体を張ってお金を……っ」
「…………っ!? そ、そんな、まさか綾恵さん……!」
「うっそでーす♪ 実家大金持ちでしたー♪ 仕送り五十万円でしたー♪ いぇーい、地主、地主ー♪」
「ひどい……ひどすぎるよ……!」
本当にひどすぎるよ、綾恵さん……粗い! 粗すぎるよ! なんだよ、催眠アプリって!? 綾恵さんらしくないよ! そんなのに騙されるわけないだろ! 豚さんが調子こいて僕にまで催眠アプリとやらを見せてきたから僕も動けないフリしといてやったんだからな! 何だ、弱催眠って!?
「でも今回もまたおピュッピュさせられませんでしたか……むぅ。こうなったら奏君に催眠をかけてもらうのもありかもしれませんね♪」
「いやそれは無理だと思うけど……。催眠なんかで性癖直せるなら世の変態たちはこんなに苦労してないし、仮に成功したとしても一時的なものなんじゃないの? 繰り返しやったら効果も薄れるだろうし……」
「冗談ですよ。だいたい他人の手なんかで興奮させたとしても、それは『私が奏君を興奮させる』という目的達成にはならないじゃないですか。何で自分の大ちゅき彼ピ左衛門に催眠なんてかけなきゃいけないんですか。私達はこんなにも愛し合っているというのに……きゃっ♪」
「まぁそうだね……。にしてもさすがにこんな大金は使わないでよ。いくらお金に困ってないったってさ……」
「むぅ。何か最近の奏君、ノリが悪くありませんか? 思えば先週くらいから……まさかあのイカれ白ギャルさんに何か脅されたりでもしているんですか!?」
綾恵さんの言う通り、僕はあの日から彼女の疑似NTRプレイに全く興奮できていないでいる。
なぜならもう既に寝取られているからだ。疑似でも何でもないからだ。僕は実際に綾恵さんを寝取られていて、そのことに既に興奮して、既におピュッピュしまくっている。
もう目的は達成されてしまっていた。それも、最悪で最凶で最高の形で。
綾恵さんは僕の父さんに寝取られていた。しかも、心だけを。
そんなことは想定も妄想もしていなかったのだ。思春期を迎えてからの僕の寝取られ妄想は常にエロありきだった。もちろん心も奪われたいとは思っていたが、「心だけ」を奪われるとは妄想していなかったのである。だって、そうだろう? 体もめちゃくちゃにされてしまっていた方がショックだし、興奮できるに決まっているんだから。
でも、そうじゃなかった。心だけを奪われていた方がずっとずっとショックが大きかった。僕の精神は絶望に打ちひしがれた。
僕が彼女を寝取られたのはちんぽが小さいからとか童貞だからとかじゃなくて、単に人間性が間男より劣っているというだけのことだったのだ。
後頭部をガツンと殴られたような衝撃を受けて、立ち直れないくらい体から力が抜けて、そしてちんぽだけがギンギンに勃っていた。
気付いてるんだよ、君が先週父さんと再会して以来、たまに外を眺めてため息をついたりしていることを。
しかもそれは綾恵さんの片思いであって、間男である父さんは彼女のことを元教え子の一人としてしか見ていない。そこも僕が想定していた寝取られと違っていた点だ。それでも綾恵さんはずっと父さんに想いを寄せ続けている。僕が恋した彼女の瞳は一瞬たりとも僕のことなんて見ちゃいなかったのだ。
想像もしていなかったような劣等感、喪失感。君は今も僕のことをちゅきちゅき言いながら、その心はとっくに別の男のものにされている。心が他の男に孕まされている。
君が自室で小学校の卒業アルバムを見ながら頬を染めて思わず「せんせい……」とか呟いちゃって、そこでハッとして急激に恥ずかしくなってベッドに潜り込んで叫びながら散々ジタバタした後、「はぁ……何やってんだろ、私……」とか言って落ち込んでいる。父さんとの思い出を噛みしめて幸せになったり辛くなったりしている――そんな微笑ましき乙女の姿を妄想しながら、僕は毎晩自分のクズちんぽをシコシコしているのだ。
君はとっくに寝取られていて、僕を激しく興奮させている。おピュッピュさせている。もう僕と君の目的は達成されていて、僕と君の関係は完結してしまっているのだ。どぴゅ。
でも僕はそのことを君には知らせない。君が父さんに恋していることには気づいてないふりをし続ける。どぴゅ。
「まぁ、いいです♪ 次の作戦も用意してありますので♪」
あはは。そうか、そうだね。君はそうやってあくまでも僕の彼氏であり続けないと父さんに近づけないからね。結婚でもしたら父さんと家族にもなれるね。
それでも、僕は君のことが好きだよ。
永遠にこのモヤモヤした気持ちを抱えながら、別の人を想う君の隣に立ち続けるからね。鬱勃起。どぴゅ。
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