第2話 身持ちがお固い綾恵さんとあそこがお固くない奏君
「はい……確かに奏君とあまりお話ししたことはないですけれど……それでもどうしても好きなんです……彼女にして……頂けませんか……?」
「…………っ、ほ、本当なの、綾恵さん……え、ちょっと信じられない……」
「本当に決まっていますっ。冗談でお付き合いのお申込みなんて……そんな失礼なことするわけないですっ。それに私、男の子とお話するのは苦手で……ああっ、今そんなお話関係ないですよねっ、私ったら緊張してしまって……、で、でもっ……でもどうしてもこの気持ちだけはお伝えしたくて……っ」
放課後の屋上。綾恵さんの頬が真っ赤に染まっているのは夕日のせいだけではないのだろう。
蜂巣綾恵さん。僕と同じ二年三組の学級委員長。絹のような長い黒髪に涼しげな目元、たおやかな立ち居振る舞いで学校中の男子の目線を引き付ける大和撫子だ。
そんな皆の憧れの女の子に今僕は愛の告白をされている。にわかには咀嚼しきれない状況だ。
「えっと、でも、ちょっと冷静になった方が……僕なんて顔も良くないしオシャレも出来ないし根暗だしヒョロガリで男らしくないし身長だって平均以下で綾恵さんとも大して変わらないぐらいだし頭も悪いしお金も持ってないし恋愛経験もなければ女友達もゼロで男友達すら少ないし……」
僕は自分の姿をありのままに述べた。情けない気持ちもあるけど、まぁこんなことは同じクラスにいれば何となくわかるようなことだし隠しても仕方ない。ただ一つ、あの欠点を除いては……。
「…………? え……? いえ、あの、私が奏君のことをお慕いしていて、恋人にしてほしいというお話でして……え、あれ? 上手くお伝え出来ていませんでしたでしょうか……?」
「え、あ、いや、伝わってます。ん……? だからその、僕は見た目もスペックも悪いから綾恵さんが告白するような相手では……」
「…………? 奏君の見た目や、スペック? お顔がどうとかお友達がどうとかといったお話と、私が奏君を好きだという気持ちにどんな関連性が……?」
「…………っ!」
僕は衝撃を受けていた。不思議そうに小首を傾げる綾恵さんの可憐さに、十七年間で築き上げた固定観念を見事に打ち砕かれた。
そうか、この人は見た目や能力で人の好き嫌いを決めるという価値観を端から持ち合わせていないのだ。中身を見て人を判断しているのだ。何て人間が出来ているのだろう。綾恵さんの外見ばかりを見ていた自分が恥ずかしい。
でも、それなら尚更だ。僕の中身は、外見なんかよりよっぽど腐りきっているのだから。
「そもそも人間の外見に良いとか悪いとかいった評価基準があるのですか……? 身長って……奏君、バスケットボールやバレーボールはやっていませんよね……? それに奏君はとても聡明な方ではないですか。もしかして……そうやってデタラメなことを言って煙に巻こうとしているのでしょうか……? もしご迷惑なのでしたらはっきりと言っていただければ一旦は受け入れます。ただ、諦めるつもりはないですけれど……」
「い、いや! ごめん、綾恵さん。そういうつもりじゃなくて! 嬉しいよ、綾恵さんにこんなことを言ってもらえて死ぬほど嬉しい! だって僕も綾恵さんに憧れてたし! こんな素敵な人が彼女だったらってずっと思ってたし、今はさらに強くそう思うし!」
「…………! ほ、本当ですか……! やったっ、それなら……!」
「ダメなんだ! 僕は君とは付き合えない! 君は僕なんかと付き合ってはいけないんだ!」
「え……想って頂けているのにお付き合い出来ないとは……ど、どういうことでしょうか……? 何か事情があるのであれば教えてください! 二人で協力すればどんなことでも解決出来るはずです!」
綾恵さんは涙を浮かべて必死に食いついてくる。グイッと顔を寄せてくる。かわいい。可憐すぎるのでやめてほしい。こんな美しいお顔を間近で直視できない。
それにしてもこんなにグイグイと自分の意見を主張する綾恵さんは初めて見た。いつも儚げに微笑んでお花や小動物を愛でていそうなイメージだったのに。いや知らんけども。でも僕たちバカな男子共がそういうバカな理想を勝手に押し付けてしまうくらいには奥ゆかしさ満点の女の子なのだ。
そんな彼女が勇気を振り絞って、こんなにも感情を押し出して、告白してくれている。だから僕もせめて誠実でいなければならない。この人を欺いてしまうぐらいなら、幻滅される方が百倍マシだ。
「違うんだ。事情というか僕自身に根本的な問題があって……不快な話になってしまうから、聞きたくないと思ったらすぐに言ってほしいんだけど……」
「そんな……不快だなんて、奏君に対して思うわけがないじゃないですかっ」
「いや、その、性癖の話なんだ。僕は性癖がノーマルではなくて、だから……」
恐る恐る綾恵さんに視線を送る。綾恵さんは意表をつかれたように数回目をパチパチとさせた後、
「セイヘキ……性へ、あっ。せ、性癖……ですか……っ」
元から朱が差していた顔をさらに原色に近づけてしまう。やべぇ、かわいい。
「や、やっぱりやめよっか、この話……ごめんね、セクハラで訴えていいから。ちゃんと停学食らうから」
「いえいえいえ! 全然ですっ! 誰だって変わったご趣味ぐらいっ! 意外に思われるかもしれませんが、私そういうことには結構詳しいんですよ!? あれですよねっ、アニメキャラクターのコスプレをした女性に性的興奮を覚えたり、とかですよねっ! 奏君がアニメ好きなことくらい知ってるんですっ! 時代小説のブックカバーで偽装したアニメ調イラスト満載の小説を読んでいたり、音楽を聴いてるフリをして女性声優のラジオを聴いていたり、授業中にデフォルメされた女の子のイラストを描いてニヤニヤしたりしているのも知っていますっ! えへへ」
僕は無意味に傷つけられた。まぁ事実だから仕方ない。それに僕はこの後、君をもっと傷つけてしまうのだから。
「違うんだ、綾恵さん。いや違くはないけど。アニメコスプレは好きだけど。でもそれで滾ることはない。おちんちんが勃つことは……ないんだ……。僕が性的興奮を覚えるのは、寝取られだけだから……」
言った。言ってしまった。これで僕が綾恵さんと付き合える可能性はゼロになった。一生に一度のチャンスを棒に振った。それでいいんだ。こんな最低な性癖を持った男に綾恵さんを幸せにできるわけがないのだから。
とはいえ、やっぱり怖い。こんな僕を好きでいてくれた綾恵さんに今から侮蔑の眼差しを向けられると思うと――
「おちっ、おちんち……え? ねと、ネトラレダケ……
伝わってなかったようだ。
「違うよ。きのこや山でエッチなことをするよりもずっとずっと最低な性癖なんだ」
「えっ! ていうことはじゃあもしかして、きのこの山でエッチなことを……? お、驚きましたけれど、その程度で奏君に対する気持ちは変わりませんっ。私が奏君のきのこの山になって差し上げますっ。だから奏君は私のたけのこの里に……きゃっ、プロポーズしちゃったっ」
「きゃっ、じゃないよ。そんな難解な表現はラノベしか読まない僕には理解できないよ。そうじゃなくて……。無機物に興奮するような性癖なら君を巻き込むようなことはないけれど、僕の性癖はそうではないんだ。寝取られっていうのは、寝るの『寝』に『取られる』って書く。恋人を別の人間に取られてしまうことでしか興奮できない男なんだよ、僕は」
「え……」
綾恵さんが口を押えて瞠目する。今度こそ終わりだ。引かれた。嫌われた。こうなったらもうヤケだ。全部ぶちまけよう。
「まぁ実際に恋人なんて出来たことはないんだけど。でも好きな女の子が他の男と……ってことは何度もある。その度に死にたくなって、でもそんな絶望感に興奮して僕はエクスタシーに達してしまうんだ」
「エクスタシー……」
「射精だよね、つまり」
「…………っ」
一瞬ビクッとした後、綾恵さんは気まずそうに俯いてしまう。ああ、やっぱりいい人だな。優しいから僕に対する嫌悪感を隠してくれているんだ。でももっと本気で嫌ってくれた方がありがたいし、君のためにもなる。
「だから君に彼氏が出来た時にも僕は射精すると思うよ。ただ憧れてるってだけの存在ならそんなことにはならなかったんだけど、こうやって一度は告白されてしまったからね。本当なら僕のものになったはずなのに……って思ったら興奮が収まらないよ、きっと。でも僕が本当に欲している興奮はそんなものじゃない。やっぱりホントのホントに愛している恋人に浮気してもらわなければ真の寝取られは味わえないんだ。僕はずっとずっとそんな妄想をしている。僕が大好きで僕のことを大好きでいてくれていた彼女があんな男やあんな男にめちゃくちゃにされてしまうことを」
綾恵さんは俯いたまま、そのか細い身体を震わせている。ごめん、本当にごめんよ、綾恵さん。
「でもそれは妄想までだよ。現実でそんなことをしようとしちゃいけないんだ。結果的に彼女を寝取られるってことは起こり得る話だよ? でも寝取られることを期待しながら付き合ったり、挙句の果てに意図的に寝取られるように仕向けたり――そんなことは最低の行いだ。恋人を性的対象としか見ていない。物として消費しているような態度だ。そしてそれを理解していながら、彼女が出来たら僕は間違いなくそんな最低の行為に手を染めてしまう。歯止めがきかなくなってしまう。自分が出来るだけ大きなショックを受けるシチュエーションで彼女が寝取られるように全力を尽くしてしまう」
「…………」
「そもそもとして、そんな状況でなければ僕は興奮することすらできないんだ……つまり寝取られじゃなければおちんちんが勃たない。普通にセックスすることも不可能なんだよ……だから僕は恋人を幸せにはできない。恋人をオカズ扱いすることしかできないんだ。そんなのは愛じゃない。だから僕は一生恋人を作れない。せいぜい、申し訳ない気持ちを抱えながら、好きな人が他の男といろいろなことをしているのを妄想し続けるだけの気持ち悪い男として死んでいくよ」
「…………」
言い切った。全てを吐き出した。これで綾恵さんは僕のことを見損なっただろう。後悔は……ある。めちゃくちゃある。だからこそ良い。あとは綾恵さんにハイスペック彼氏が出来るのを待つだけだ。いや、逆に僕以下の男ってパターンも良いな。ああ、やばい。死にたい。涙と我慢汁が溢れそうだ。
下を向き続ける綾恵さん。別に好きな人に我慢汁を見せたい性癖はないので僕はこのまま立ち去ろう。もう二度と言葉を交わすこともないだろう。うーん、このまま飛び降りたい。半勃起。
「じゃあ、そういうことだから。できればこのことは誰にも言わないでほしいな。本来こんな気持ちの悪いことは僕の妄想の中だけに留めておくべきで、もしも当事者の耳に入ったら、って君にはこうやって伝えてしまったわけだけど――」
「構いません」
「ああ、うん、ありがとう。ていうか君が言いふらしたりなんてしないことは分かってたんだけど一応ね、」
「違います。構わないのは、奏君のその性癖のことです」
「え」
ど、どういうことだ……?
戸惑うことしかできない僕の目を綾恵さんは真っすぐと見つめ、
「大好きなんです、あなたのことが。ありのままのあなたが。寝取られ好きというのならそのままで構いません。隠す必要も直す必要もありません。だから私を、奏君の彼女にしてください!」
「――――なっ……あ……あ、え…………」
あまりの出来事に言葉を失ってしまう。こんな性癖を綾恵さんが受け入れてくれるなんて想定していなかった。望んですらいなかった。この世に僕の性癖を受け入れてくれる人がいるのなら、それはそういう性癖の人だからだと思っていた。つまり、自分が浮気していることに興奮する人、彼氏にショックを与えるのが好きな人、彼氏に激しく嫉妬されるのが好きな人、そして昼ドラの中に入るようなヒロイン願望のある人。綾恵さんがそれらに当てはまるとは思えない。だってそもそも寝取られという概念にピンと来てさえいなかったのだから。つまり彼女は、ただただ寛大な人なのだ。本当に何て魅力的な人なんだろう。
でも、理解してくれたからって、受け入れてくれたからって、何も解決はしないのだ。
「……ご、ごめん、綾恵さん……ちょっとそんな風に言ってもらえるなんて思ってもなくて、すごく動揺してる。でも、ダメなんだ。そういう問題じゃないんだ。綾恵さんが僕の性癖を分かってくれたとしても、綾恵さんが他の男のものになってしまわない限りは、」
「なります。私、寝取られます!」
「――――」
嘘……だろ……? いよいよ、いよいよ心臓が止まりそうになった。こんなことが起こり得るだろうか。「私、寝取られます」だって……? いや、綾恵さんが主語で「寝取られる」ってことは他の人間に取られてしまうのは僕になってしまうからその語法は間違ってる気がするけど、いやいやそんなどうでもいいことは置いといて。
え? じゃあ綾恵さん、僕の彼女になった上で、他の男と……!?
「奏君を満足させるために他の男の人とたくさんエッチなことを――とは、なりません」
「え、は?」
「ごめんなさい、ちょっと嘘ついちゃいました。私は寝取られません。浮気なんてぜーったいにしませんっ」
「ちょ、え? いやでもそれだと……」
「だってそんなのおかしいじゃないですか。いくら奏君のことが好きだからって、奏君の好みに合わせて自分を変えたりはしませんよ。私は私です」
「――――う、うん……それは本当にその通りだよ……」
綾恵さんは仄かに頬を染めながらも、自信と確信を持った表情で言い切る。お淑やかなだけではなく、しっかりと自分を持った人だったんだと、改めて彼女に惹かれてしまう。
「同じように、奏君も奏君です。寝取られというものが好きなのなら、誰に何と言われようと曲げるべきではありません。恋人がそういう性癖にマッチングしていなくてもです」
「綾恵さん……」
「私の性癖を教えてあげましょうか。いえ、教えますね。どう思って頂いても構いませんけれど、否定はしないでくださいね」
「え」
「私の性癖は奏君ですよ。奏君が好きで好きで堪らないんです。変態的なほどに奏君のことが好きなんです。奏君が寝取られでしか興奮出来ないように、私も奏君でしか興奮できないんです。きゃっ、言っちゃった♪」
両頬を押えてクネクネとする綾恵さん。え、何か綾恵さん……思ってたよりちょっと変な人? いや可愛いし、言ってくれてることはめっちゃ嬉しいんだけど……でも何でこのタイミングでそんなことを……?
「逆に言えば奏君相手ならどんなことでも興奮出来るとも言えますし」
「あれ、何かもしかしてさらっと怖いこと言ってね?」
「とにかく、言いたいことはシンプルです。私も奏君も自分の欲望に任せて自分の好きなようにやりましょうよ。好きな人の前でぐらい、自分の感情に素直に生きましょうよ。だから奏君は恋人の私を他の男に寝取らせるように精一杯頑張ればいいのです」
「え、何か前半はいい感じのこと言ってるように聞こえたけど結論で飛躍した」
「あれ? 『寝取らせる』って言葉遣いは間違っていましたか? 奏君が私のことを意図的に他の男のものになるよう仕向けることを指しているのですけれど」
「いえ、百点です」
「よかった♪ じゃあ奏君は自分の性的欲求を満たすために必死で私のことを寝取らせようとしてくださいね♪ 一方で私はあなたがどんなに寝取らせようとしてきても、ずっとあなた一途を貫き通します。何故ならあなたのことが大好きだから。それが私の性癖だから。絶対に寝取られません。あ、いえ、えーと、寝取らさせられ、あれれ? えー、ねとら、寝取らせられ……うん。私は絶対に寝取らせられませんっ!」
「お、おお……あ、いや単に『綾恵さんが寝取られる』って語法でも伝わってるから大丈夫だよ、うん」
ていうか、何を、何を力強く宣言しているんだ、この美少女は。
「そうでしたか。あ、もちろんそれだけではありませんよ。私が絶対に寝取られない以上、奏君は一向に満足することができません。それでは私が困ります。何故なら奏君のことが大好きだから。恋人として奏君に求められたいから。きゃっ♪ だから寝取らせられる以外の方法であなたを興奮させられるように頑張るねっ」
「綾恵さん……ごめん、本当にごめん、僕のためにそんなことを……」
「ううん。謝らないで。だってさせられてもいないですし、奏君のためでもないですから。私は私のための提案をしているだけですよ?」
何て……何て真っすぐなんだろう。自分のことも僕のことも本当に大切に考えてくれているのがすごく伝わってくる。それに、言っていることは相当ヤバいけど、イカれているのは具体的な内容の方であって、整合性自体はとれていると思うのだ。
ただ……、
「でも、それは無理だよ、綾恵さん。僕が寝取られ以外で興奮するなんて……」
「そう思うのは構わないですけれど、私は絶対に寝取らせられずに興奮させてみせますよ? 逆に私は、私が奏君以外のものになるなんて絶対無理だと思っていますけれど、奏君はそんなの関係なしに何の遠慮もせず全力で寝取らせにくればいいのです」
「本当に……本当にいいんだね……?」
「はい♪ もちろんです♪」
「じゃ、じゃあ、あの、これなんだけど……」
僕はおずおずとスマホを差し出す。
「これ、僕がピックアップした間男リストなんだけど、綾恵さんにはぜひこの人たちに近づいてもらいたいんだ。接触する方法もレポートしてあるからこの通りに動いてくれれば……もちろん経費が必要なときには僕が負担するから」
「い・や・です♪」
「え、いやでもこの人たちはそれぞれみんな違った凶悪さを持ちつつも節度はわきまえていているから綾恵さんの安全性も担保されていて……」
「そういうことじゃありませんっ。何で私が奏君の言われるがままに寝取らせられると思ってるんですか。何度も言ったじゃないですか、私は奏君一筋だって。私はそんなにチョロくないんですからね。身持ちがお固い綾恵さんで有名なんですから。奏君ももっと創意工夫を凝らして頑張ってくれないと張り合いがありませんっ。まったくもう」
「あ、そうだったね、ごめん……えへへへ……でも、本当に引かないんだね、綾恵さん。気持ち悪くないの? 僕、今まで彼女もいなかったのに一人でこんなのを作ってたんだよ? 我ながらゴミカスだと思う」
「もう、だからっ。お互い相手の性癖に従う必要はないですが、相手の性癖を否定するのはNGですよっ。だから奏君が自分を卑下するのもなしです。だってそれは奏君のことを大好きな私の性癖を否定しているようなものですから。あ、でも卑下することで興奮しているのなら別ですよ♪」
「う、うん。わかった」
何か……めっちゃ芯が通ってるな、この人。奥ゆかしいだけの女の子だと思っていたのが申し訳ない。すごく力強くて、人を巻き込んでいく力のある人だ。この十数分間で綾恵さんの印象がだいぶ変わったけど、だいぶやべぇ人だということが判明したけど、でも前までよりもずっと強く心を惹かれてしまった。
「じゃあ……そうだね、うん。綾恵さんの提案を全面的に飲むよ。ていうか僕側にデメリットなんてないし、綾恵さんが望むというなら受け入れない理由がない。だから、その……つまりは……うん、そういうことで。これからよろしくね、綾恵さん」
ああ、本当に情けないな、僕は。散々うじうじした末にこんなことしか言えないのか。
「はいっ! よろしくお願いします、奏君! でも、まだちゃんと答えてもらってないです」
「あ、え、あ」
そりゃそうか。強い人だってわかったばかりだったのにな。逃がしてくれるわけがないよね。
「ね? 私はこんなにたくさん気持ちを伝えたのだから……」
「僕も好きです! 綾恵さんのことが大好きです! 付き合ってください!」
「はい♪」
「そして盛大に寝取られてください!」
「嫌です♪」
憧れの人に何度も愛を伝えられ、自分もそれに応えて、二人で顔を真っ赤にしながら笑い合う。幸せだ。幸せの絶頂だ。誰もが思い描く理想の青春だ。
それなのに僕は、何一つ満たされていない。
こんな幸せなど僕にとってはお膳立てに過ぎないからだ。僕が見ているのはこの幸せが無残に崩壊していく未来だけなのだ。
心から嬉しそうに照れ笑いを浮かべている綾恵さんには申し訳ないけど……ていうか何でこの人はそんなに僕のことを好きなのだろう。聞いたっけ、あれ? いろいろと衝撃的な情報が一気に入ってきたせいでよく分かんなくなってしまった。
まぁいいや。別に関係ないし。だって君はどうせ、別の男のものになるのだから。
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