リディア

「え、なんで?」


キールは驚いたのか、目を見開いた。




「なんでって、俺は特に王国に戻る用事は無いしな。お前ひとりでも安全な道を選べば、帰られるだろう」


リードは、温かい目で見返した。




「ここに住むの?」


キールは首を傾けた。




「それも良いかもな。ここに住んで、新しい仕事でも探すことにしようと思う」


リードは帝都を見渡し、行き交う人々を眺めた。




「まだ決まってないんでしょ?それならさ、ウチに来なよ」


キールは目を輝かせながら、リードを勧誘した。




「その提案はありがたいが、自分みたいな者がいるとなると、あまり良い影響は及ばさないぞ?迷惑は掛けたくないんだ」


リードは少し嬉しそうにしながらも、キールのことを思い断った。






「そんなことは知ったことじゃない。関係ない人の評判なんか気にすることないよ。好きな物は好き、嫌いな物は嫌い、胸を張っていこう。何か言われても、実績さえつくれば何も言えないよ」


キールはそれでも、強気で勧誘し、リードのなかの不安を取っ払った。




「・・・・ハハハ、本当に面白い奴だな。こんな好き勝って生きてる奴が社長とはな。社員の苦労が想像できるな」


リードは静かに笑うと、これからの生活を楽しみに感じた。




「優秀な社員がたくさんいて助かってるよ。本当に」


キールがふっと笑い、少し照れたように頬を掻いた。






「俺の名前は、リードじゃない。これは暗殺者ギルドのときに使っていた偽名だ。本当の名はリディア。これからよろしく頼むよ。社長」


「うん、よろしく頼まれよう!!」


2人は手をだし、握手を交わした。




暗殺者ギルドに所属していたことを初めて知り、内心怖がっていたのを、持ち前のニコニコで隠していたのは言うまでもない。






ところ変わって、帝都ガレアス、都庁外交課室。




「何だこの小包は?」


外交長は、女性の部下が急いで届けてきた荷物について尋ねた。




「先ほど届きました・・・・なんと王国の第一王子、ジューノ=オルガノ様からです」


部下は、少し息を整えてから、答えた。




「なんだと!!!・・・して、その中身は?」


あまりの大物の名前が出て来たことに驚き、外交長は前のめりに中身を聞いた。




「はい、今開けます・・・・・・現金と手紙?」


部下は箱を開け、中身を取り出した。




「その手紙をこちらに」


手紙の内容はとても簡潔だった。






この荷物を届けた者を抹殺してほしい。






「おい、これを届けてきたのは、どこのどいつだ?」


外交長は、目に影を落としながら部下に尋ねた。




「はい、えーと、配達会社グリフォンフライ、配達員は・・キールと書かれております」


外交長の緊迫した空気が伝わったのか、部下も少し緊張しながら答えた。




「・・・・・・・はぁ、王子はいったい何を考えているのか」


外交長は、椅子にドカッともたれながら、天を仰いだ。


「何か問題でも?」


部下は何が起きたのか分からず、まだ緊張は解けていなかった。




「大ありだ。王国を支えている恩人を抹殺しろとのことだ。これは・・・受けられないな」


キールという男は、帝国の上層部において知らぬ者はいないほど名を轟かせている。その先見性をもって王国を救った話などはあまりにも有名であった。




「とはいえ、王国の一般人ですよね。帝国に害があるとは思えませんが・・」


部下は、その人物の偉大さを知らないせいか、外交長が手を引く理由が分からなかった。




「いや、あるよ。ついこの間うちの姫様を助けた男、宗方がそこの社員だ」


外交長は、部下にもわかりやすいように、他の理由を述べた。




「あ、あの方に今姫様はご執心ですもんね」


流石は女性というべきか、恋愛ゴシップは知っていたようだ。




「それにだ、その会社には、あやつレベルの者が他に何人もいるらしい。猛獣の群れに突っ込む勇気は無いよ」


外交長は宗方が言っていたことを思い出しながら、ため息をついた。




「ですね」


部下の、同意とともに、帝国との関係性を見直す必要があると考えている外交長であった。








それから数日後、目一杯観光を楽しんだキールとリディアは、帝都を去ろうとしていた。






「よし、帰ろっか!」


門を出て、馬車の手綱を掴むと、キール達は進み出した。




「あれ?なんか聞こえない?」


森が見え始めた頃、キールの耳が何かを捉えた。




「後ろの方からだな」


荷台にいるリディアが、馬車の後方を確認した。




「・・・・・・!?人が追ってきてるぞ!!!」


地平線の彼方に小さく見えた点は、少しずつ大きくなりやがて人影になった。キールの捉えていた音は、恐ろしい早さで走る人物が、地面を踏み抜く音であった。




「え?」


キールは、「まさかぁ」と呟きながら後ろを振り返った。




その人影は、みるみる大きくなり、遂に馬車まで50メートルまで迫った。




「ちょうど良いところに・・・・流石、社長ですね」


その男は、その勢いのまま跳躍し、ふわりとキール達の馬車の荷台に降り立った。




リディアは本気の殺気を放ち、ナイフで襲いかかった。




「誰だ貴様・・・・」


「ふふふ、危ないですね、まるで番犬だ」


キンッという音が鳴り、ナイフと刀がつばぜり合いになっていた。




「あれ?宗方?」


キールは、やっと確認できたその男の顔をみて、知り合いだったことに気づいた。




「はい、お久しぶりです。社長」


宗方は涼しげな顔で、挨拶を返した。

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