第51話 毎年のお約束

 


 誕生日当日は、毎年のことながら朝早くから何時間もかけてメイドたちによって身支度を整えられた。

 ……ふ、もはや慣れたもんよ。


 日がかたむき始めると、徐々に招待客も集まり、ヴィコット邸のホールも賑わってくる。


「アヴィリア様、お誕生日おめでとうございます」

「ますますお美しくなられて……、本日のドレスもとてもよくお似合いですわ」

「アヴィリア様といえば、やはり桜ですわよね」

「ありがとうございます」


 毎年お決まりの招待客との挨拶にも、ずいぶん慣れた。お父様に矢面に立っていてもらった頃が嘘のよう。

 隣にいてくれる彼の存在の大きさも、あるかもしれないけれど。


「すっかり印象がついてしまったな……」

「毎年桜を飾っていますからね、もうお約束みたいなものですわ」


 苦笑を漏らすウェルジオにエスコートされながら、ホール内をゆっくりと歩く。

 シャンデリアから漏れる暖かい光が、身にまとうドレスを一層鮮やかに輝かせ、動きに合わせてシャラリと揺れた。

 爽やかな淡青色のAラインドレスは、所々に桜の花飾りを添えた、シンプルだけど華やかな印象を与える大人っぽいデザインだ。


 毎年、誕生日には彼にもらった髪飾りを使い、それに合わせてドレスもデザインしていたせいか、今やすっかり桜=アヴィリアの花という印象が周囲にできてしまっていた。

 もちろん今年のドレスもそうなのだが……。


(このドレス……、なんだかウェルジオ様の瞳のような色よね……)


 社交デビューの後も、誕生日のパートナーは毎年ウェルジオに白羽の矢が立てられた。

 確かに助かってはいるけど、お互いにもう子供ではないのだし、そろそろやめたほうがいいのでは、と思う部分もある。社会的な目もあることだし。

 しかしそれを言ってみたところ、父は部屋中に聞こえるんじゃないかと思うほど盛大な舌打ちをかまし、母は「あらあら鈍い子ね」と笑うだけで結局聞き入れてくれなかった。結構大事な問題だと思うんだけどそれでいいの? 背後で控えていたテラが、これまたボソッと「……外堀」とか呟いてたような気がするけど、もしかして堀の話題が流行ってるの??

 結局解決せずに誕生日を迎えてしまったわ。おかげで今年も向けられる周囲の視線がやたら意味深で生暖かいです。


「今年もアヴィリア様考案のパーティーメニューはどれも素敵ですわね」

「ええ、本当に。このサーモンとハーブのマリネ、とても美味しいですわ」

「このお肉に使われているバジルのソースも絶品でしてよ」

「私は何と言っても酒ですな」

「うむ。ハーブを使った酒はどれも美味ですからね。毎年ついつい飲み過ぎてしまうよ」

「私もだ、はははははっ」


 その一方では、私考案のパーティーメニューに夢中の招待客も集まっている。

 パーティーに来たというより、バイキングに来たという感じだが、こちらは普通に楽しんでくれているようなので何よりだ。


「……何しに来たんだこいつら」

「いいではありませんか。考案者としては嬉しい限りですよ」


 自分の考えたメニューでこんなにも喜んでくれるのだ、作り手としては一番の贈り物よ。


「ジオはなんでも真面目に考えすぎなんだよ。物事なんて結局楽しんだもの勝ちなんだから、気楽にいけばいいのにさ〜」

「お前が気楽にいきすぎるだけ…………って、なんでいるっ!⁉」


 さらっとさも当たり前のように会話に入ってきたレグにウェルジオが吠えた。本人はお構いなしに取り皿に盛った料理をもぐもぐと頬張っているが……。いやほんと、なんでいる??


「レグ、今日は来れないはずじゃなかったの?」

「母上がなかなか許可してくれなくてね〜。だから見張りの目を撒いて勝手に抜け出してきちゃったんだ。いや〜、彼もなかなか腕はいいけど、ジオに比べるとまだまだ甘いね☆」

「可哀想だろ⁉」


 普段、この自由が服着て歩ってるような王子の護衛……、という名の見張り兼おもりを担当しているのは側近のウェルジオだが、本日の彼は私のパートナーを務めるという役目があったので、その役は彼の補佐を務めてくれている人物に任せてきたと言っていた。

 自分を信じて後を任せてくれたのに、対象者本人にまんまと撒かれて逃げられたとあっては、今頃その人物は泣いてるかもしんない。確かに可哀想だ。


「お兄様ったら、そんな大声で……。はしたなくってよ」


 兄をたしなめるように、鈴が鳴るような美しい声音が響く。

 釣られるように視線を向ければ、すっかり美しい女性へと成長した我が親友様がふわりとしたドレスを翻し、お姫様のような微笑みを浮かべて立っていた。


 その手にパーティーメニューをこれでもかというほどこんもりと盛ったトレーを抱えて。


「セシル、お前も心の底から満喫してるな……」

「ふっ。パーティーでは『ハーバル・ガーデン』で扱ってないメニューや、今後扱う予定のメニューが先駆けて出されるから、油断はできないのよ」

「そういう答えが聞きたいんじゃなくて……」


 うん。ビジュアル的な違和感が半端ないわ。


(なんだかなぁ……)


 もう私たちはお互い子供ではない。けれど、私たちの関係は今もずっと変わらないまま。

 それはきっと、とても嬉しいことなんだろうけど、いつまでたっても子供のような、という気がしなくもないわけで。

 思わず、はは、と乾いた笑いが漏れた。



 ――――さて、今の状況を客観的に見てみようか。



 私(本日の主役)、そのパートナーを務めるウェルジオ(王子の側近を務める国内屈指の騎士)、その妹セシル(現在フリーの筆頭公爵家ご令嬢)、そしてレグ(同じくフリーの第二王子様)…………。


 まあ、目立つよね。


 さっきからこちらを見ながらひそひそと言葉を交わす者や、話しかけたくてしょうがないとそわそわしてる者たちの視線をビシビシと感じる。


「うわぁ、面倒くさ〜い」

「もう、アヴィの料理を思いっきり楽しみたいのに!」


 特に後者側の人物たちの視線を強く感じる二人は心底嫌そうだ。

 気持ちは分かるけど、そういうのは顔と声に出しちゃダメよ。


「仕方ない。妹ちゃん、俺がエスコートするよ。虫除けになってあげるね」

「あらありがと。じゃあ私も、お礼に女避けになってあげるわ」


 流れるように腕を差し出したレグに、これまた流れるように自然に自分の腕を絡めたセシル。

 おお、なんか映画のワンシーンみたいだ。さすが美男美女、凄く絵になる。


 王子と公爵令嬢の組み合わせに声をかけられる勇者など、そうはいない。確かにベストパートナーだ。久々に会うということもあって、二人が普通に楽しそうにしているから、余計にそう感じる。


「…………」

「あら、お兄様としては複雑ですか?」

「……別に」

「ふふふっ」


 隣に立つお兄ちゃんは、そんな二人の姿に対して眉間にしわを寄せてるけど。






 私たちの関係は今も変わらない。









 ――――――――――本当に?


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