第50話 二年後。

 


 ――――――――二年後。


「お嬢様、ハーブの剪定終わりました!」

「先日新しく植えたレモングラスじゃが、うまく土に根付いてくれたみたいじゃぞ」

「ありがとうテラ、ルーじぃ。ちょうどお茶が入ったところよ、休憩にしましょう」


 ヴィコット邸の温室の中。ハーブのお世話を手伝ってくれていたテラとルーじぃに、私は手元に用意したお茶をすすめた。


「ふい〜、お嬢様のお茶は疲れた体にしみるわい」

「相変わらず良い香り。これはハーブと、紅茶ですね!」

「ええ、ジャスミンに紅茶の葉をブレンドしたものよ」


 キリッとした顔でズバリ言うテラに、すっかり詳しくなったな、と思いながら返す。


「しかし、この温室もずいぶんハーブの種類が増えたのぅ」

「なんだか家庭内ハーブ園みたいですね」

「お父様も、そろそろ増築が必要かもって言ってたわ」


 緑の葉がわさわさとあふれる温室を見渡しながらしみじみとルーじぃが呟き、テラも頷いた。


 早いもので、私が前世の記憶を思い出してから五年の月日が経った。

 すぎて見ればあっという間だったけど、なかなかに充実した五年間だった。

 その最たる理由は、やっぱり『ハーバル・ガーデン』のことだろう。

 お店は相変わらず順調で、始める前はあんなに不安でいっぱいだったのが嘘のように、大きな問題もなく、繁盛店となっている。

 ハーブに興味を持ってくれる人も少しずつ増えてきて、最近では「これはもしやハーブでは⁉」というものを見つけては、私宛に送ってきたりすることも増えた。さっき話題にでたレモングラスとジャスミンもそのひとつ。

 これは、仮にハーブであったとしても、どのような効果があって、どのような使い方をすればいいのか分からないからだろう、というのが父とルーじぃの解釈だが、そのおかげで手持ちのハーブの数はどんどん増えていき、最近では温室の土間に新たなスペースを作るのが難しくなってきたくらいだ。


 その活動の傍ら、香油工房や化粧品工房などの繋がりもでき、共同開発という形でアロマオイルやハーブコスメなどの制作もできるようになった。

 アロマオイルはハーブ製品作りにも大いに役立ってくれるし、前世ほど化粧品の種類が豊富ではなかったこの世界では、新しい化粧用品はとても重宝されることになった。


 一方、ハーブを使用したカフェメニューの方も、飲食店を経営する人たちから注目を集めていて、「是非うちの店でも提供させてほしい」と頼まれることも多くなり、『ハーバル・ガーデン』の名は少しずつ広がっていって、今やハーブの存在はアースガルドでは誰もが知るものとなっている。

 まだアースガルド国内でだけ、ではあるけれど。それでも、そもそもは認知すらされていなかったものを、数年足らずでここまで広げられたのは、普通に凄いことだと思う。

 これもひとえにお父様の経営力の賜物だろう。


(あの人、将軍の地位を降りても経営者として十分やっていけるだろうな……)


 天は我が父に二物を与えてくれていらっしゃる。

 さて。ここまで来れば、次なる目標はやはり外の世界への進出……となるのだが。


「最近はハーブのお世話を任せっきりになっちゃって、ごめんね二人とも」

「とんでもございません! お嬢様は今お忙しいのですから!」

「そうじゃそうじゃ。の開店も間近じゃからな」


 それについては、実はすでに動き始めていたりする。


 近々開店予定の、『ハーバル・ガーデン 2号店』。

 これが実は、なんとバードルディ領でオープンするのだ。


 バードルディ領は海に面している領地なのだが、港もあって、国外からアースガルドに物を輸入する際には必ずここを通すことになる。

 それはつまり、外の人たちの行き来が一番多い場所ということだ。


 バードルディ領にお店を建てることで、外の人たちの目にも入りやすくし、そこから外への進出を図ろう、という狙いである。


 実はこの話、一番最初に持ってきたのはバードルディ公爵だったりするのだが……。

 すごくいい案じゃないのかと思った私とは逆に、お父様がものすんごく微妙そうな顔をしていたのが印象的だった。

 いつもならノリノリで話を進めていきそうなものなのに、一体どうしたのだろうと疑問に思ったものだ。


「うちのお父様も本格的に動き始めたってことでしょ〜。将来的なことを考えるなら、うちの領地にお店を建てるのは悪くない案だもの!」


 2号店設立の話を進めていく中、セシルが行った言葉である。

 彼女とは相変わらず唯一無二と言ってもいい親友同士だが、たまに言っている言葉の意味が分からない時がある。隣で話を聞いていたレグが、ボソッと「……外堀」とか呟いてた気もするが、どっから堀の話が出てきたのだろうか。


 ちなみにそのレグだが、去年十六の誕生日を迎えたことを期に、正式に王子として公の場に姿を見せることになった。


 城の奥に隠されていた深窓の王子様(しかも見目が良い)の登場に、国内(特にお嬢さん方)はたいそう盛り上がり、そりゃもう大騒ぎになったものだ。


「見た目の良さと中身が比例しないことも知らないで……」


 というのは、そんな世間に対するこれまたセシルの言葉である。

 その際、やたらつまらなそうな顔をしていたのは、この出来事をきっかけに王子として活動することが増え、それに比例するように私たちと過ごす時間が減っていったからだろう。

 なんだかんだ息の合うマブダチのような状態だったセシルからすれば、つまらなくも感じるのかもしれない。

 レグが王子として忙しくしているということは、当然、彼の側近を務めているウェルジオも忙しくなるということだから、余計に。


(ウェルジオ様も、いまや国を代表する騎士の一人だものね……)


 以前に比べて、4人で過ごす時間は明らかに減った。

 それは確かに寂しくもあるけれど。


 レグやウェルジオが、頑張ってお勤めに励んでいるのだと思うと、私も負けてられないと思えてくる。

 次に彼らに会った時に、何も変わらない、何も成長していない姿を見せるのだけは嫌だから。


(とくにウェルジオ様は、そういった部分に厳しいからな……)


 彼の信頼を裏切ることだけは、したくないと思う。

 最悪な印象から始まった私たちだけど、ようやくそれを払拭して、信用を向けてもらえるような間柄になれたのだ。それを裏切りたくはない。

 氷のように冷たいアイスブルーの瞳は、その名に反していつも暖かい。

 それが消えてしまうのは、嫌だ。


(明日が楽しみね)


 そんな彼とは、明日、会うことになる。



 ――――コンコンッ。


「お嬢様、失礼いたします。明日のパーティーメニューの最終確認をお願いしたいのですが……」

「分かった、今行くわ」


 温室の扉がノックされ、その向こうから顔をだした料理長に、私は一度頷いて立ち上がった。


「いよいよ明日は誕生パーティですね!」

「お嬢様も、もう十五か。早いのう」

「お店が開店してからは、パーティーではお嬢様考案のハーブメニューを、というのも、すっかり定番になりましたね」

「招待客の目的の大半は確実にそれでしょうな。いや〜、料理人全員、毎年腕がなりますよ!」


 そんなことを楽しそうに語る声を聞きながら、私もまた楽しくなって、くすりと声を漏らした。




 前世を思い出して五年。

 ――――――アヴィリア・ヴィコット。十五歳になります。





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