第42話 変わったものもある



「この前も、一周年を祝われていたな」

「ええ、ありがたいことです」


 さらにもうひとつ。『ハーバル・ガーデン』が開店一周年を迎えたということもある。

 多くの人たちから祝いの言葉や祝いの品を贈られ、一時は屋敷もお店のほうも贈り物やら祝い客で溢れかえったほどだ。おかげで仕分けが大変だった。


「ウェルジオ様も、わざわざありがとうございます」

「……たまたま似たようなのを見つけただけだ」


 ぶっきらぼうに答えながら、ふいっと視線を逸らす彼。相変わらず、色づいた耳元が心情をしっかりと主張しているが。


 そんな姿を微笑ましく思いながら視線をわずかに下げると、ドレスの胸元に飾られた小さな桜のブローチが目に入る。


 祝いの品だと言って、彼から送られたものだ。


 淡く桃色がかった白色の石を削って細工されたそれは、以前送られた髪飾りと同種のもの。

 彼曰く、同じお店で見つけたものらしいが。


(時期外れの季節の花を取り扱うような装飾店なんてそうそうないって、気づいてもよさそうなのに……)


 どう見ても髪飾りとお揃いのそれは、わざわざ注文して作らせたんだろうことが察せる。

 それをあえて言うこともしないどころか、あくまで“たまたま”を装うのは、男の見栄というものなのか。

 けれどこうしてあっさりバレているのだから、なんだかなぁ……。そんなところも、この人らしいけど。


「そんな時期外れのもの、わざわざ身につけることもないだろうに……」


 そして自分で贈っておいてこの言いようである。


「いいじゃありませんか、最近のお気に入りなんです」

「物好きだな君も」


 呆れたように言う彼からは、気のせいでなければ、まんざらでもなさそうな雰囲気を感じる。

 そっけない表面を装っていても、内面はそうではないのだと気づいたのは、いつ頃からだったろう。

 嫌味じみた上から目線の言葉に苛立つのではなく、彼らしいと微笑ましささえ感じるようになったのは。

 それだけ彼との付き合いが深くなったということなのか。数年前は会うことさえ嫌がられて、徹底的に避けられていたのに。

 人の関係も変わるものだとしみじみ思う。


 けれど、ひとつだけ不満なこともある。


「…………」

「何だ?」

「……いえ。もう名前で呼んでくださらないのだな、と思いまして」

「ぶふぅーーっ‼⁈」


 ウェルジオは飲んでた紅茶を盛大に拭いた。優雅に紅茶を傾けていた美少年の姿は瞬く間に消え、真っ赤に染まったタコが現れる。


「な、な……っ」

「いつも、“おい”とか、“君”とかばかりで、全然呼んでくださらないので。あのような状況でも、呼んでくれた時は嬉しかったのですが……」


 セシルの精神世界で離される直前、確かに私の名を呼ぶ彼の声を聞いた。

 初めて呼ばれたと思ったと同時に、ちゃんと呼べるんじゃないですか、と不満に感じたのも事実。


「でもそれ以降、一度も呼んでくれませんよね。残念です」


 ふう、とわざとらしくため息を漏らすと、ウェルジオは分かりやすく動揺した。

 彼の性格なら、ここまで言われて黙ってることなどできないだろう。

 ちょっと意地悪かなと思わなくもないが、ずっと不満だったのだからこのくらい多めに見てほしい。


 彼はしばらく視線を彷徨わせ、口元をモゴモゴさせていたが、向けられる視線に耐えかねたのか、観念したように口を開いた。


「………………ア、」


 ア?


「……ァ、……ァ、ヴィ………………――――――セシル、何をしている?」


 今にも消え入りそうなほど震えていた声が、突然低くなり、真っ赤なタコが瞬時に消失した。

 すごい早技、と思いながらもその声の示す先、セシルのほうへと視線を向ければ、彼女はドラマとかでよく記者や取材人が使ってる、やたら見覚えのある手のひら大の小さな機器をこちらに向けながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「…………セシル、……それってもしかして……」

「レグの新作、ボイスレコーダーよ!」


 だと思ったわ!

 当然のように言いながら笑顔でサムズアップするんじゃありません。


「“天然フラグ男がなんかやりそうだったらこれに録音してね!”ってレグから贈られたのよ、誕プレに!」


 誕プレにボイスレコーダーを渡す王子。使用目的が邪悪。


「セシル、それをよこせ。何かは知らんが嫌な予感がする」

「駄目よ、後でレグと一緒にこれをさかなにしてお兄様をからかって遊ぶんだから」

「よ こ せ! 今、すぐ!」


 ばたばたばたっ。


 広い部屋の中で兄妹による鬼ごっこが始まってしまった。

 ことさら楽しそうな妹とは裏腹に、兄のほうはひどく必死だ。これを放置したら後々自分に変なダメージが降りかかると今までの経験から分かっているのだろう。そんな反応を返すから、面白がられるんだろうに。

 やれやれ、これではもう名前を、なんて空気じゃないな。残念残念。


 でも、これこそが“私たち”って感じがする。


 今年の夏も色々あったけど、結局最後はいつもと同じ。

 いつも通りの賑やかで騒がしい、楽しい時間が戻ってくる。

 それが私たちの日常。これからも続いていく日々。


 それが、何よりも愛おしい。


「セシル、私はそろそろお暇するわね」

「あら、帰るの? じゃあ馬車を用意させるわね」

「ありがとう」


 騎士としてそれなりに鍛えているはずの兄をひらひらとかわしながら、セシルはメイドを呼び寄せる。意外に運動神経いいわよね。前世も今世も超インドア派の私にはあんな動きできないわ。ちなみに学校のマラソンの授業では下から数えて二番目とかにいました。ビリではないわよ、ビリでは。


「帰るのか?」

「はい、お邪魔いたしました」

「送る」

「あ……、はい」


 いつも通りの日常……。

 でも実は、以前とは密かに変わったこともあったり……。




 ***




「……」

「……」


 ガラガラと地面を走る車輪の音を聞きながら、馬車の中で向かい合う私たちは無言だった。


 最近、公爵家を訪れた後は、こうしてウェルジオが屋敷まで送ってくれるようになった。

 以前はせいぜい見送るだけだったのだが、今は屋敷まで送られ、屋敷の中までしっかりエスコートした後に帰っていく。ちなみに馬車に乗る時も優雅にエスコートされた。


(なんだろう、この扱い……)


 なんか急にレディ扱いが強くなったというか、なんというか……、いや前から律儀な人ではあったけど、エスコートなんて何度もされてきたけど。なんかこう……、宝石を愛でるような、雛鳥を大切に守る親鳥のような、なんかそんな雰囲気を感じるのよね。

 いったいどうした。もしかして精神世界で早々に離脱したことを気にして?

 戻ってきた後、またピヒヨから「ほんと役に立たねえな、何しに来たんだよ」的な視線で見られて密かにショックを受けていたようだし、ありえるかも。


(気にすることないのに)


 むしろ、あれだけ偉そうに迎えに行くなどと言っておいて、一人になった途端じめじめとうずくまってた私のほうが情けなくて謝りたいくらいだ。


 “彼”の助けがなかったら、セシルの元まで行けなかったかもしれない。



(そういえば……)


 そこでふと、私は思い出した。

 あの世界で会った不思議な少年のこと。


 どこかレグに似た、あの人。

 秋尋と名乗った、あの人は……。


(結局、誰だったんだろう……)



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