第41話 そしていつもの日常へ
結局あの後、私たちはお父様と公爵様のお二人からガチのお叱りを受けた。
ウェルジオとレグと三人して床に座らされながら、延々と説教なんて言葉じゃ済まないくらいのめっちゃでかい雷を落とされた。
「まったく、何事もなかったから良かったものの……」
「申し訳ありません父上……」
「次からはちゃんと相談するように」
「ご心配をおかけしましたお父様……。もう大丈夫です」
けれど最後には純粋に心配の言葉をかけられて、自分たちだけで行動したことに、申し訳ない気持ちがわいた。
「…………」
そんな私たちの様子を、どこか羨ましそうな目で見てるレグ。
「殿下のことは王妃に話を通してありますので」
「え」
「お城に帰った後、もう一度ご説教を受けてもらいます」
「え」
残念なことに彼を待ち受けるミッションはこの後が本番のようだ。お家で一人寂しく親の説教を受ける未来が確定した瞬間。合掌。
さらにその後のことだが――――……。
予定していたセシルの社交デビューは、結局延期になってしまった。
本人は全く問題ないと言っていたのだが、公爵と公爵夫人、そして兄の三人から「絶対安静!」と言い渡されて、渋々ベッドの上の住人になるしかなかった。
私もその案には賛成だったけど、じっとしていることを何よりも嫌うセシルにとっては、むしろそちらのほうが地獄のようだったが。
それとは別に、十三歳の誕生日は普通にお祝いをした。招待客を集めてのパーティーではなく、家族や友人だけでのささやかなものに変更されたが、セシルは逆に、これに関してはとても喜んでいた。
「元日本人としては、仰々しいパーティーなんかよりも、こっちのほうがすごく落ち着いてて楽しいわよ」
らしい。正直めっちゃ分かる、その気持ち。いくら現在の立場が貴族令嬢とはいえ、私たちの根っこは庶民のままだもの。豪華すぎるものよりも素朴なものに落ちつくのよね。
けれど周りはどうやらそうは思わなかったようで ……。
「社交デビューは延期の上、誕生パーティーまでこんな粗末なものになって……、セシルもがっかりしたろう?」
当事者のセシルよりも、周囲のほうが落ち込んでいた。
特に愛娘の晴れ舞台を楽しみにしていた公爵のがっかりようはすごかった。
彼は、きっとセシル本人も大層落ち込んでるはずだと思ったのだろうが、先ほども言った通り、彼女はこれに関しては全くこれっぽっちも気にしてなどいないので。
「全然そんなことないわ! 誕生日は今年だけじゃないもの。たまにはこういうのだっていいじゃない、むしろ毎年こうでもいいわよ!」
「セシル…………、そうだな、よし! では来年は今年の分も力を入れて、より盛大なパーティーにするとしよう!」
「え」
満面の笑みでことさら嬉しげに応えた心からの本音だったのだが、そんな姿は父親の目に周りを気使って遠慮しているように映ったのだろう。余計彼の親心に変な火をつけてしまっていた。
あ、これ余計なこと言っちゃったんじゃ……?
隣を見れば、セシルも「やっちまった……」って顔してた。どんまいセシル。今から来年の誕生日が億劫ね。
誕生日が過ぎれば、夏の暑さもピークがやってくる。
その段階になっても、セシルは変わらず部屋の住人のままで、そんな彼女のために、最近では私のほうが見舞いと称してバードルディ家を訪ねることが増えた。
私が前世の記憶を思い出した時とはまるで逆の状況だが、そんなことが私にはとても嬉しかった。
「いつも来てくれてありがとうアヴィ」
「いいのよ。いつもはセシルが足を運んでくれてたんだし、私だって、たまには友達の家に遊びに来たりしたいわ」
「うん!」
あれから、私たちの関係はちょっとだけ変わった。
前よりずっとずっと、お互いが近くなった。無意識のうちに作っていた遠慮という壁がなくなったんだと思う。
「今日もレグから悲痛に滲んだ手紙が届いたわ」
「ああ、……彼もまだお城の中に缶詰だものね」
レグから受け取ったという手紙をひらひらしながら言うセシルは呆れ顔。
あの後、城に戻ったレグは予想通り王妃様から特大の雷を落とされたらしい。そしてしばらくの外出禁止を言い渡された。
おそらく奴なら、抜け出そうと思えば抜け出せるんだろうけど、今回ばかりは王妃様もガチギレのようなので大人しく従ってるようだ。勝手に抜け出したら今度は鎖でつながれるぅ、とか手紙でめそめそ言ってた。
ちなみに連絡手段が手紙なのは、奴のトランシーバーが没収中だからである。おかげで城から一歩も出ることのできないレグから連日手紙が届けられる。あの構ってちゃんめ。
「その分お兄様がお城で絡まれてるらしいけどね」
「……いつものことだ」
それまで私たちの会話を黙って聞いていた彼が、テーブルの向かい側で小さくつぶやいた。
セシルの部屋に置かれた、おしゃれな猫脚型のアンティークテーブルとイス。それに腰掛けて、優雅に紅茶を傾けるウェルジオの姿は異様に絵になるが、その顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。
「お、お疲れのようですね……?」
「…………いつものことだ……」
声がか細い!
毎度のことだが、矛先は全て彼に向かっているようだ。
本日も彼の不憫の星は燦然と輝きを放っていらっしゃる……。
「お店のほうはどう? 最近は店頭にも行けないから、全然新商品のチェックができなくて……」
「良好よ。新商品は、ブルーマロウの売れ行きが良くて、特に琥珀糖が人気なの」
『ハーバル・ガーデン』では、この夏の新商品として予定通りブルーマロウを出した。
色が変わる様を楽しめるハーブティーはお客の心を掴むことに見事に成功し、そのブルーマロウを使用した琥珀糖の売れ行きが特に良い。
宝石のような見た目と程よい甘さの砂糖菓子は多くの令嬢をはじめ、子供達にも人気の品だ。ハーブティーと合わせて買ってくれるお客さんも多い。
けれど、実はその裏で密かに売れている商品がある。
何を隠そう、ホワイトセージだ。
味の癖が強いホワイトセージはハーブティーとしてではなく、浄化の効能がある香木として販売したのだが、これが貴族の間で予想以上に大ヒットした。
これまで貴族のお客といえば、夫人や令嬢といった女性陣が多かったのだが、このホワイトセージを販売して以降、男性客の数が異様に増えたのだ。
一体何がそんなに彼らの心に刺さったというのか。
不思議に思い、今後の参考のためにと寄せられた
“これを焚くと屋敷の空気が明るくなるんです!”
“憑き物が取れたように体が身軽になるんです!”
“原因不明の体調不良が治ったんです!”
などなど……。
………………えーと、つまりこれって……。
口元を引き攣らせながらあえて言葉にせずにいた私の隣で同じように客からの評価を見ていた父がボソッと「……貴族は他人の恨みを買いやすいからな」とつぶやいていた。
やっぱそういうことかい‼
夏なのに一瞬寒さを感じたわ。貴族社会の闇が深くて怖い。
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