第38話 やっと逢えたね
道とも呼べない暗闇の中を歩きながら、ずっとセシルのことを考えてた。
いつも一緒にいてくれたセシル。
いつも私の背中を押してくれたセシル……。
でもそれは、彼女の中に渦巻く罪悪感が、私に対する後ろめたさが、そうさせていたのかもしれない。
だから、彼女を見つけたら言ってあげたかった。ありがとうって。
『もういいよ』って。
***
「迎えに来たわ、セシル」
「アヴィ……」
「ほら、帰ろ」
「アヴィ……っ」
迷子の子供にするように、そっと手を差し伸ばせば、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、セシルは飛びつくように抱きついてきた。
それをしっかりと両手で抱きとめる。
「よかった……、セシル、無事で」
「ごめん……っ、ごめんなさいアヴィ、ごめんなさい……っ」
「もういいよ、セシルが無事なら、それでいい」
甘えるように擦り寄ってくるセシルを抱きしめながら、私は内心でほっと胸を撫で下ろす。
「さ、帰ろう」
「……っ、うん!」
瞳にいっぱい涙をためながら、それでもセシルははっきりと頷いた。帰る、と。はっきり意思表示をくれた。
そのことに心の底から安堵した。
けれど、安心できたのはそこまでだった。
セシルがしっかりとした意思を示したからだろうか。次の瞬間、靄のような影が暗闇の中をぞろり、と蠢いて、まるで渦を描くように私たちの周りを取り囲み始めた。
逃がさないとでも言うようなその動きに、思わず身を固くする。
(……来た!)
「え……? なになに? 何これ⁉ 何これ⁉」
「闇の精霊よ。あなたをここに閉じ込めた犯人。あなた、知らない間に取り憑かれてたのよ」
「ぬぁあぁーーーーっ⁉ そんなファンタジーもののお約束的な危ない奴が私にいぃぃーーっ!!?」
叫びながら動揺を表すセシルを見て、私はこんな状況にも関わらずクスリ、と微笑んでしまった。
反応がすっかりいつも通りだ。ようやく普段のセシルらしくなってきた。
嬉しく思うも、残念ながら今はそれどころではないのも事実。
でも大丈夫。焦ることはないわ。
「落ち着いて。対策はしっかり考えてあるから。ピヒヨ、もう一度お願い!」
「ピィ!」
それまで私の肩の上で大人しくしていたピヒヨは、名を呼ばれると心得たとばかりに勢いよく飛び上がった。
私はポケットの中からもう一度ホワイトセージの袋を取り出すと、その中身を一気にばらまく。
「ピィーー!」
ピヒヨの口から発せられた朱い炎が一気にそれらに引火する。
だが、その炎は一瞬で消え、煙がくすぶる焦げたセージだけが残された。
モクモクと煙が立ち上がり、セージの香りが辺り一面に広がる。
すると、私たちを閉じ込めるように揺らいでいた靄が苦しむようにもがきだした。
「なになに? なにをしたの?」
「スマッジングよ。セージの煙を使った浄化方法なの」
何が起きたのか分からないと言ったセシルに、私は簡単に説明する。
浄化の効能を持つホワイトセージ。その方法は色々あるが、一般的なのは火をつけて煙を炊くスマッジングと呼ばれる浄化方法だ。
これは対象物をホワイトセージの煙で燻して穢れを払うというやり方で、古くから部屋の空間の浄化や、天然石の浄化などによく使われてきた。
さっきは追い払うのを目的に軽く脅かしただけだったが、今回はしっかりと浄化することを目的に使わせてもらった。効き目があることは実証済みだしね。
……まぁ、8割方、ピヒヨの力によるところが大きいのだろうけど……。
「……これで、大丈夫なの?」
取り憑かれているのが自分だと分かっているセシルは、あちこち体を触ったり眺めたりしながら、変なところはないか念入りに確認している。
「そのはずよ。闇の精霊は実体がないから直接退治することができないの。でも、追い払うことさえできれば、もう問題はないのよ」
心の隙に巣食う精霊は、宿主となったものの意志が強くはっきりしていれば、精神に干渉することができなくなって離れていく。
セシルがはっきり、“帰る”と意思を示したこと。
たったそれだけのことだけど、それが一番大事なのだ。
“――――簡単なことだよ。とても”
ふいに、先ほど出会った不思議な少年、秋尋が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
一番大事なこと、大切なこと。
そういうと、とても難しいことのように感じがちだけど、実は全然そんなことないのかもしれない。
ただ、気づくことができないだけで。答えなんて、いつもすぐ、そばにあるものなのかも。
「じゃ、帰りましょうか」
「うん!」
改めて差し出した手をセシルがぎゅ、と握る。辺りは変わらず真っ暗な闇の中なのに、心は何故かポカポカして、足取りがとても軽い。
そんな些細なことが、とても嬉しかった。
「ピー!」
「ついてけばいいの?」
「ピ!」
「さすが精霊ピヒヨ様。頼りになるわ!」
「ぴっふー」
器用にどやっと胸を張りながら、パタパタと飛ぶピヒヨの後について、私たちも歩き出した。
「ねぇ、アヴィ」
「なぁに?」
「帰ったらアヴィの入れたハーブティーが飲みたいわ。はちみつたーっぷり入れて!」
「ふふ、いいわよ。ついでにお菓子もつけてあげる!」
「やった!」
しっかり繋いだ手を、決して離さずに。
手のひらを通じて伝わる相手の温もりに、お互いに強く、安心感を感じながら。
「そうだ! 私、セシルに聞きたいことがあったのよ」
「なぁに?」
そうして歩く道すがら、私はセシルにひとつのことを尋ねた。
「私のもうひとつの名前、広沢咲良というの。――――あなたは?」
その問いかけに、セシルは一瞬、驚いたように目を瞠ったあと、徐々にその瞳に涙を滲ませた。
「私、私はね、――――――」
そうして戸惑いがちに言葉を紡ぐ。長い間、口にすることさえしなかっただろう、それを。
ずっとずっと隠し続けてきた魂のカケラ。
命を吹き込むかのように紡がれた言の葉によって、再びその
――――ようやく、“あなた”を見つけた。
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