第36話 とある少女は光を見る 1
気がつけば、真っ暗な闇の中にいた。
光の差さない暗闇は、ともすれば恐怖を呼ぶものだけれど、今の私には、そんなことどうでもよかった。
どこまでも続く暗闇なんかよりも、もっと恐ろしいことがある。
それに耐えるように、闇の中にうずくまり、ただ自分の体を強く抱きしめていた。
(……どうしよう、どうしようどうしようっ。気づかれた、気づかれた、気づかれた!)
知られたくなかった。
ずっとこのままでいたかった。
私に、気付かないで欲しかった。
(嫌われた……、アヴィに嫌われちゃった……)
頭を埋め尽くすのは、そんな自分勝手な思いの言葉ばかり。
あの人にずっと謝りたかった、ありがとうって伝えたかった……。
その気持ちに嘘はなかった。
だけど。
私に気づいたあなたは、私にどんな目を向けるのだろう。
軽蔑の目。嫌悪の目。
どれだけ罵られても、文句なんて言えない。
ずっとこのままでいいわけがないって、分かっていても……。彼女と過ごす時間を失うかもしれないと思うと、怖くて、怖くて……。
結局逃げた。気づかれたくなくて、距離を取った。
けどすぐにダメになった。離れたところで、余計に不安になるだけだった。
不安で、声が聞きたくて、その度に何度も連絡を取った。自分で逃げたくせに。
“気づかれたくない”
“気づいたりしないで”
“離れなくちゃ”
“いやよ、離れたくない”
“そばにいたい”
“一緒にいたい”
“私を嫌いにならないで”
打ち明ける勇気もない。離れる勇気もない。
曖昧に距離をとりながら、端末越しに聞く親しげに私の名を呼ぶその声に、安心してた。
“大丈夫、まだ嫌われてない”って。
なんて汚い。
結局私は、いつもいつも自分のことばかり。あの人は誰かのために、見ず知らずの私なんかのために、踏み出す勇気を持っている人なのに。
私はなんて、汚くて、醜い。
まるで薄くて脆いビードロ細工のような関係。
見た目はキラキラと宝石のように煌めいて、突ついてしまえば簡単に転がって、そのまま落っこちて粉々に壊れてしまう。
そうしたのは私。そうしているのも私。
それでも大事だった。ずっとずっと大切に抱きしめていたかった。
真実を胸の奥に隠して、知らないふりをして。
(でも、もう……っ)
おしまいだ。だって彼女は気づいたはずだ。
私が、あなたから全てを奪った元凶なんだって。
全てを知りながら、何も言わずに、平然と隣にいて友達面してたんだって。
もうダメだ。嫌われた。きっともう、笑いかけてはもらえない。
(もう、一緒には……、いられない……)
それは、考えるだけで胸が締め付けられる、息をすることさえ難しくなるほどの。
何よりも大切で大好きだった、世界の終わり。
その時だった。
――――ピピピッ、ピピピッ。
「……!」
ポケットの中から、聞き慣れた電子音が鳴り響いた。
「え、なんで……?」
反射的に中を探ると、そこには使い慣れたトランシーバーが入っていた。
どうして、これがここにあるのだろう。
――――ピピピッ、ピピピッ。
そう思う間も、着信を告げる電子音は止まず鳴り続けていた。
私はおもむろに通話を受けるボタンを押すとスピーカー部分を耳に当てる。
「はぃ……もしも」
『――――セシル?』
かぶせるように聞こえた声は、大好きな彼女のもの。
「……あ、」
『セシル! よかった、無事なのね! 怪我はない? 痛いところとか苦しいところはない?』
(どうして……)
どうして、あなたが出るの。
『待ってて、今そっちに行くから』
「……っ、こないで!」
通話の向こうに彼女がいる。
そのことを理解するよりも早く、彼女の言葉を聞いて私は反射的に叫んだ。
『――――どうして?』
どうして? それを聞きたいのは私のほうだわ。
スピーカー越しに聞こえる彼女の声は、いつもと変わらず穏やかで、優しい。
ねえ、どうして。どうして、そんな声が出せるの。
「っ、だって……っ、だって私、……」
『セシル、聞いて』
目頭が熱くなって視界が滲んだ。熱い雫が頬をつたって幾筋も落ちる。
必死の思いでなんとか絞り出した嗚咽混じりの声は、それさえも包み込むような穏やかな声によって、優しく遮られて。
『私はね、あなたのことがとても好きよ』
あたり前のことのように、私の欲しい言葉を囁いた。
『セシルと一緒に飲むお茶も好きだし、一緒にするおしゃべりも好き。あなたと一緒にいると、いつもとても楽しくて、時間が過ぎるのを忘れちゃうくらいよ。……でもそんな時間が、私はとても好きなの。それだけは何があっても変わらない。いままでもそう。これからもずっと、ずーっとそうよ」
―――――――――――
なんでトランシーバーが使えたのか。
“ここ”が意識の中だからです。
ここに来る時に現実の世界で持っていたものをそのまま持ってきている状態。
セシルはアヴィリアと繋がるトランシーバーをずっと肌見放さず持っていました。
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