第34話 不思議な少年

 


(だれ……?)


 ウェルジオと同じか、少し年上くらいだろうか。

 誰かは知らない。けれど確かに言えることは、彼が”こちらの世界“の住人ではないということだった。


 彼が来ている服は、学生服だったから。


「いつまでもこんなところにいたら危ないよ。ほら、立った立った!」


 そういうと、少年は私の手を取り、引っ張り上げるようにして立ち上がらせた。


「あ、ありがとう……?」

「どういたしまして」


 戸惑い気味にお礼を言った私に、彼はにっこりと笑って返す。

 人好きのする優しい笑顔だが、…………何故だろう、どこかで見たような気がする。


「ピィ、ピィ〜!」

「やあこんにちは、元気な子だね」

「ピ!」


 すると、私の肩にいたピヒヨが突然羽を広げ、彼の周りを楽しそうにくるくると飛び回りだした。


(ピヒヨが初対面の男の人に、あんなにあっさり懐くなんて……)


 それなりの付き合いがあるはずのウェルジオやレグに対しても基本塩なのに、珍しいこともあるものだ。

 動物に好かれるタイプなんだろうか。


 そんな不思議な少年の周りをよく見れば、フヨフヨとした光の玉がいくつも浮かんでいる。


 ――――あれは、なに?


「さ、また変な手を出される前に移動しようよ」

「出されるって……」

「闇の精霊に、さ」


 まさかの言葉が出てきて驚いた。どうしてこの人が、それを知っているのか。


「どっちに行けばいい?」

 “――――――”

「分かった、案内して」


 少年の周囲をフヨフヨとしていた光たちが、彼の問いかけに応えるように揺れる。

 私の耳には何も聞こえなかったが、彼にはその光がなんと言っているのかが分かっているようだった。


(この光……、もしかして精霊……?)


 大きさ的には手のひらに乗るくらい、ピヒヨと同じくらいだ。少年の周りをくるくると飛び回る様子は楽しげで、彼にとてもよく懐いているのが分かる。

 精霊と親交がある人を見るのは初めてだ。だから闇の精霊のことも知ってたのだろうか……。


 そんなことを考えていると、光の案内にしたがって彼が私の手を引いたまま歩き出したので、慌てて声をかけた。


「待って! 私、一緒に来た人とはぐれてしまっていて……」


 私と違ってウェルジオは一人のはずだ。探しているかもしれないと思うと、勝手に移動していいものかどうか迷ってしまう。さっきも叱られたばかりだし。


「大丈夫。その人なら、一足先に現実に戻ってるはずだよ。……ここは君の友達の心の中、精神世界みたいなところなんだけど、その子の意思が凄く弱まってるから、闇の精霊が好きに動き回れてるんだ。そいつに追い出されちゃったんだろうね」

「そんな、どうしてウェルジオ様だけ……」

「精霊の狙いが君だったからさ」


 少年から返ってきた言葉に、私は思わず息を呑む。


「闇の精霊は取り憑いた人間の心を弱らせて餌にする……。の心は今、すごく弱くなってるけど、まだ完全に飲み込まれきってはいない、ギリギリ持っている状態なんだ。それを壊すために、君を利用しようとしたんだよ」

「私を……?」

「この子が恐れているものが何なのか……、君にも、もう分かってるんだろう? 目の前で見せられちゃったみたいだしね」


 趣味の悪いことするなと、眉をよせる少年に手を引かれながら、私は視線をうつむかせた。


 セシルの、恐れているもの。


 セシルは多分、自分のことを。あの事故のことを、私に知られたくなかったんだろう。

 だから何も言わなかった。あの子の前で前世を連想させるようなことを言っても、反応を見せなかった。

 それはきっと、自分も“そう”だと言うことを私に気づかせないため。

 気付いてしまえば、「どこの誰?」という流れになるのが目に見えているから。

 だから隠した。自分の心に鍵をかけて。

 そうやって必死に閉じ込めていたものを、外から無理やりこじ開けられれば、既に罪悪感でいっぱいいっぱいだったセシルの心は、さらに大きなダメージを受けることになるだろう。


 だから、闇の精霊は私だけをここに残した。

 あの事故も、病院の場面も。きっとわざと私に見せたんだ。私に真実を教えるために。


 セシルの心を、壊すために。


「君の記憶が曖昧だったのもね……、多分それだけ、この子の思いが強かったからだと思うよ。思い出して欲しくないっていう強い思いが、思い出そうとするのを邪魔してたんじゃないかな」

「そんなことができるの……?」

「人の思いの強さってのはバカにできないよ? ほら、呪いとかおまじないとか。ああいうのも結局、そういう思いの強さが結果を引き起こしたりするじゃない。……それくらい、君に知られることが怖かったんだね」

「…………」


 彼の予想は、おそらく正しい。

 前世のことを考えることはよくあった。けれどいつだって、最後のあの事故のことだけは、うまく思いだすことができなかった。

 思い出そうとするたびに、頭の奥に響く声に止められて。

 あれが彼の言う“思い”の声だったのかどうかは、分からないけど。


 こちらにまで苦しみが伝わってくるような、悲痛に満ちた声だったのは覚えてる。


 それほどまでに強い思い。強い強い、罪悪感。

 それが今、セシルの心を埋め尽くしているものの正体。


(そんなに……)


 そんなに、強い思いなのか。

 そんなにも、追いつめさせているのか。


 やっぱり、このまま私がセシルを探しに行くのは良くないんじゃないだろうか。あの子を追い詰めているそもそもの原因は私なのに。

 このまま迎えに行って、それがあの子を傷つけることになったら、セシルの心は壊れてしまうかもしれない。

 私が、壊してしまうかもしれない。


(……セシル)


 胸が苦しい。


 ねえ、セシル。誰かを傷つけるかもしれないっていうのは、こんなにも怖くて苦しいものなんだね。

 私は、考えるだけでもこんなに怖いのに、実際に命の重さを背負うことになったあなたは、どれだけ苦しんだのだろう。


(私が、そうさせた……)


 だんだん、足が鉛のように重くなる。

 私の歩みが鈍り始めたことに気づいて、彼がこちらを振り返った。気遣うような視線を感じるが、私はうつむいたまま、顔を上げることができなかった。真っ暗な地面を見つめながら、ただぎゅっと、ドレスの裾を握りしめていた。


「君は、あの子を恨むかい?」


 そんな私に、彼が優しい声でそっと問いかける。


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