第28話 真実を求めて
私が神殿に着いた頃、空は徐々に茜色に染まり始めていた。
「お待ちしておりました、アヴィリア・ヴィコット様。どうぞこちらへ……」
神殿の前に立っていた一人の巫女が馬車から降り立った私に言った。
何の手続きも説明もなく中に通されたことに驚いた。
謁見の申請が通るまで何時間でも待つつもりでいたのに。
言葉もなく、以前にも一度通った石造りの長い回廊を巫女の後について歩いていくと、その先に大きな扉が見えた。
『祈りの間』。
神官が祈りを捧げる、始祖アステルを祀る場所。
扉が開かれ、当然のように中に通された。
そこではいつかと同じように祭壇の前に立つ神官様が、私を待っていた。
「――――いらっしゃると思っていました」
その言葉は、私が今日ここに来ることがあらかじめ分かっていたかのようだった。
私は神官様の前に膝をつくと両手を組んで深く頭を下げ、そして静かな声で問いかけた。
「……お聞きしたいことがあって参りました」
「はい」
「以前、神官様はおっしゃいましたよね? 私の幸せを誰よりも願っている、災いを振り払おうとしている誰かがいると」
「はい」
「教えてください、それは……」
セシル、なんですか――――――……?
緊張で声が震えた。
確証もない、証拠もない。けれど何故かそう思った。
神官様は静かに私を見返し、少しの沈黙の後に口を開いた。
「――――……あの子はとても不思議な子。あなたと同じ、不思議な魂を持っている」
問いかけに答えるというよりは、独り言をつぶやいているかのような言葉。
「本来この世界に属さない魂。けれどあなたのような不安定さはない。あの子は自らそう望んで、この世界に降り立った魂だから」
「降り立った?」
「そう、あなたと一緒に」
私と一緒にこの世界に来た。
その言葉でひとつの確信を得た。やっぱり、セシルは私と同じ向こうの記憶を持つ者なんだ。
でも、だとするとひとつ疑問がある。
どうしてセシルはそれを黙っていたのだろうか。
私が
レグもそうやって私に気付いた。セシルが気づかないはずがない。
なら、どうして。
「……」
それも、セシルの秘密が関係しているんだろうか。
「今、あの子の魂は汚されようとしている。不思議な魂、色の違う魂。魂を食らう生き物たちはそこに目をつけたのです」
闇の精霊。生き物の魂を糧に生きるもの。
いったいいつから目をつけられていたのか、何故セシルだったのか。
「あなたが気づかなかったのは無理もありません。あなたのそばには常に精霊様がいらっしゃいました。不死鳥は精霊の中でも高位の存在……、それに守られているあなたには近づくことさえできなかったでしょう」
通常とは違う異なる魂。それを理由に目をつけられるというのなら私も同じ。
けれど私のそばにはいつもピヒヨがいた。
だから闇の精霊は私には近づくことができなかった。
何の守りもないセシルが、目をつけられた。
「……神官様、あなたはセシルの誰にも言えない秘密というものを知っているのですか……?」
どこか確信ともいえるようなものを感じながら、私はそう問いかけた。
私の問いに神官様は静かににこりと微笑む。
「っ、教えてください! それは何なのですか⁉」
私は思わず立ち上がって声を荒げた。
広い広い空間に私の声がこだまして、反響しながら消えていく。
神官様は笑みを崩すことなく瞳を閉じ、静かに首を振った。
「それを言うことはできません」
「どうして……っ」
「それは、あの子が自分であなたに告げるか……、あなたが自ら気づかなければ、意味がないものだから」
その言葉にぐっと唇をかんだ。
なんとなく分かる。セシルはきっと、その秘密を私には知られたくないんだろう。
神官様はその答えを知っている。
けれど人から教えられる答えでは、意味がないのだ。
神官様の言いたいことは分かる。でも、だからこそもどかしい。
こうしている間もセシルは苦しんでいるのに。一刻も早く、答えが知りたいのに。
「あの子は今、迷子。先の見えない夜道で迷う迷子。見つけてもらえるのを、ずっと待っています」
その言葉に私ははっと顔を上げた。
神官は変わらず穏やかな笑みを浮かべて、私を見つめている。
「迎えにいっておあげなさい」
まるで母親が幼い子供を諭すように。優しく、慈愛に満ちた声でそう言った。
「大丈夫。あなたならきっとあの子の手を取ることができますよ」
***
私が神殿を出た時には辺りはすっかり茜色に染まっていて、落ち着いた風が夕日に照らされて鮮やかに染まった木々を揺らした。
「……」
神官様の言葉をひとつひとつ繰り返しながら心に刻み、私は大きく息を吸い込んで深く深呼吸した。
結局、答えらしい答えを見つけることはできなかった。
――――けれど、やるべきことは分かった。
「…………ピヒヨ」
「ぴ?」
「お願いがあるの」
首を傾げて私を見上げるピヒヨに、私は強い意思を持って乞うた。
もう迷わない。
その手を掴むと、決めたから。
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