第25話 逢
数日後、琥珀糖が完全に乾燥しいい感じの外シャリ中プニ状態になったところで、私はピヒヨを連れてバードルディ公爵家を訪れた。
「お待ちしておりましたアヴィリア様。坊ちゃまから伺っております」
出迎えてくれた見慣れたバードルディ家の執事さんは優しい笑顔で出迎えてくれ、こちらへどうぞと屋敷の中へ促される。
(坊ちゃま……)
ウェルジオのことよね。そっか家ではそんな風に呼ばれてるのね。
なんか可愛らしいと思い口元がほのかに緩んだ。
おっといけない笑うなんて失礼よ。
「ぴふっ」
こらピヒヨ。私が我慢してるんだから肩の上であからさまに吹き出すんじゃありません。
しかし精霊とはいえ鳥に笑われるとか。
この子の中でウェルジオの立ち位置はいかほどなのだろうかと思う瞬間だった。
「坊ちゃま。アヴィリア様をお連れいたしました」
「ああ。ごくろう」
執事の手によって開かれた扉を通れば、そこには見慣れた姿があった。
「ウェルジオ様。お屋敷におられたのですね」
「僕が招いたようなものだからな。客人を迎えるのは当然だろう」
(真面目だ)
そのまま彼に促され向かい側のソファーに腰を下ろした。
テーブルの上にはきっちりと整理されたティーセットがみっつ。
(あ、この香り……)
ふわりとかすかに漂う香りは嗅ぎなれたハーブの香り。『ハーバル・ガーデン』の商品だ。
自分の商品でもてなされるというのは嬉しいと同時にちょっと照れくさい。
「ウェルジオ様、こちらをどうぞ。手土産にと思って持参したのですが、よければお茶請けに」
「これは、菓子か?」
「はい。琥珀糖という砂糖菓子なんです」
持参した琥珀糖を差し出せば彼は物珍しげに琥珀糖の詰まった瓶をつまみジロジロと眺める。
見た目も映えるだろうとキャンディーポットみたいにガラスの瓶に詰めてみたんだけど、やっぱりこういうのは珍しいみたい。
「またずいぶんと色鮮やかだな……。これも君が作ったのか?」
「はい。前回お話しした新しいハーブを使って」
「ほう。…………ぅ、甘……っ」
「砂糖菓子ですってば」
説明を受けながらパクリとひとつ口に運んだウェルジオは次いで口を押さえて呻いた。
ああ、甘いもの苦手だったんですね。言われてみれば確かにそんな感じする。コーヒーとか絶対ブラックで飲みそうな気がする。
セシルもレグも甘党だし、普通に味の調整もなく作っちゃったけど、砂糖菓子というだけあって甘味は強いのよね。うーん。お店に出す時はもっと万人受けするように味の微調整も必要かしら?
甘みの広がった口の中をお茶で洗い流すウェルジオを横目にそんなことを考える私はすっかり開発者思考が板についてきた。
「まあ、悪くはないと思うぞ」
「ふふ。ありがとうございます」
呻いておいて美味しいなどと、いかにもなわざとらしいことは言わないが、悪くないという言葉にも嘘はないだろう。
意外に厳しい彼からの評価は純粋に嬉しい。
――――コンコン
「失礼いたしますウェルジオ様。セシル様をお連れしました」
「ああ。通してくれ」
静かなノック音とともに聞こえた執事さんの声にウェルジオが扉越しに答えれば、ガチャリと扉が開いて見慣れた金色がふわりと揺れた。
「……アヴィ?」
私の姿を見つけたセシルは驚いたように目を見開いた。
その反応に疑問を感じて、セシルに近づこうと腰を下ろしていたソファーから立ち上がる。
その途端。
「ぴぃーーーーーーーーーーっ‼」
私の肩でくつろいでいたピヒヨが突然大きな鳴き声をあげて飛び上がった。
「え、わ、ちょ、ちょっと! どうしたの?」
「ぴぃーー! ぴぴぃーーっ‼」
私とセシルの前に飛び出しバタバタと飛び回るピヒヨはまるで威嚇する猫のような鳴き声をセシルに向ける。
「ど、どうしたのピヒヨ。セシルよ?」
その行動に困惑しながらも収めようと声をかけるが一向に聞き入れる気配はなく、かたくなにセシルを威嚇する。
よもやしばらく会ってなかったから顔を忘れたなどとは言わないだろうな。
「ア、ヴィ、どうして……」
けれど当の本人はそんなピヒヨの姿よりもただ私がここにいることに驚いているようで、ますます違和感が増す。
「どうしてって……」
「僕が呼んだ」
短く簡潔に理由を述べたウェルジオの声にばっと二人の視線が向く。
ウェルジオはそ知らぬ顔をしているが、彼を見るセシルの顔は見るからに動揺していて徐々に顔色が悪くなっていく。
その様子に、さすがの私も違和感の正体を察した。
彼は、私が尋ねてくることをセシルには内密にしていたのだ。
どうして、そんなことをする必要があったのか。
「な、なんで、そんなこと……」
それは、今にもこの場から逃げ出してしまいそうなセシルの姿を見れば嫌でも察することができた。
ああ、やっぱり。
「セシル……。私、あなたに何かしてしまったのかしら……?」
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