第24話 そして誰かの力になる

 


 熱をはらむ日差しが地面を焼く時刻。

 アースガルド王都の一角に建つバードルディ公爵家のサロンでは、二人の少女が向かい合って話に花を咲かせていた。


「はぁ〜〜、美味しい。やっぱり夏はアヴィの作るミントアイスティーに限るわぁ。私これ何杯でもいけちゃうからメイドが常に『ハーバル・ガーデン』で買い足してくれてるの!」

「あら、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 ペパーミントのハーブと紅茶の茶葉を合わせたブレンドティー。

 ハーブティーの持つ効能はとっても魅力的だけどハーブ独特の味はちょっと……という人のために作った紅茶がベースのブレンドハーブティー。

 比率としてはハーブが2〜4、紅茶を6〜8ほど。それを合わせていつもの要領でお茶を入れる。まあその辺りの調整はお好みで。

 特に紅茶好きの間では人気の品である。


「忙しいって聞いていたけど大丈夫なの?」

「ほとんど準備は終わってるわ。私というより、お母様とか周りのメイドたちが盛り上がっちゃってて……。私なんてただの着せ替え人形よ、当事者なのに!」


 ぷりぷりと怒りを表すセシルにアヴィリアは苦笑する。

 すごく覚えのある光景だ。


「ふふふ、どこの家も同じね。私もそうだったわ」


 カランと氷同士のぶつかる涼しげな音を鳴らしながらグラスを傾けると、ミントの爽やかな香りと

 紅茶のほのかな甘みが口の中いっぱいに広がる。


「こんなにのんびりまったりは本当に久しぶり……。やっぱり私はアヴィと一緒にいる時が一番楽しいわ」

「私と?」

「うん! こうやっておしゃべりしながら一緒にお茶を飲むの。ささやかだけどこういう時に“あー、幸せだなぁ”って思うのよ」

「しあわせ?」




 ――――私はあなたのせいで死んだのに?




「え、」


 一瞬のうちに周りから音が消えた。

 気づけば腰掛けていたはずの椅子もお茶の入ったグラスも消えて、目の前は前も後ろもわからない真っ暗な闇が広がっていた。


 そこにぽつんと立っている自分は金の髪を持つ少女セシルの姿ではなく、黒い髪をして。

 今となってはもう懐かしい、見慣れた学生服をまとっていた。



 ――――あなたにしあわせなんて感じる資格はあるの?

 ――――あなたさえいなければ、私は死ななかったかもしれないのに。

 ――――アヴィリアの運命を変えた? それで許されたつもり?



 ぞろぞろ、ぞろぞろ。

 蠢く黒い影が私を見下ろす。


「……あ、あ……っ」


 ああ、声が聞こえる。また今日も、闇の底から。

 ぞろぞろと蠢く闇が、私を責める。



 ――――ぜったいゆるさないから。



「やめてーーっ‼」






「……はっ! ……ぁ、はぁ、はぁ…………」


 そこでセシルは飛び起きるように目を覚ました。

 息が荒い。心臓が激しく波打って、じっとりと滲んだ汗が気持ち悪い。


「ゆ、め……?」


 目の前に広がる夕暮れに染まる見慣れた自室の光景にほっとする。

 けれど同時に先ほどまで見ていた夢の内容が鮮明に蘇ってきてガタガタと体が震えた。


「う……っ」


 震える手でぎゅっと体を抱きしめる。

 夏も盛りの今はそれなりの気温があるはずなのに、まるで冬の中に取り残されてしまったかのように。


 酷く寒かった。


「…………、アヴィっ……」




 ***




「え?」


 本日も厨房にお邪魔し、その一角で調理に勤しんでいた私は、不意に誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り向いた。


「どうなさいましたお嬢様?」

「ううん、なんでもないわ」


 振り向いたところで後ろにはただの壁と調理道具の並ぶ棚があるだけで人の姿などない。


(気のせいかしら?)


 不自然な感覚に首を傾げていると、前方からひどくはしゃいだテラの声があがる。


「お嬢様ー! これすごいです! 綺麗な上にすごく美味しいです!」


 ふりかえれば皿の上に盛り付けられたお菓子を嬉しそうに頬張るテラの姿が。


「ちょっとテラ、はしゃぎすぎよ」

「そういうシャリーさんこそ、つまむ手が止まらないじゃないですか!」

「う」

「しょうがないわよ。だって本当に素敵なんだもの」


 調理台の一角に輪をかくように集まる彼女たちがキャラキャラと楽しそうにつまむもの。

 その指が皿の上からつまみ上げるのは、ピンク、青、紫と、とてもカラフルな色をした小さな小石…………ではなく。


「琥珀糖という砂糖菓子なの。どうかしら?」

「「さいっこうです!」」


 よしよし。いい感じ。


 本日、私が作ったお菓子『琥珀糖』。

 前世では定番な子供でも作れる簡単な和菓子のひとつ。

 材料もとってもシンプルで、粉寒天とお砂糖があれば出来る。今回は色付けとしてブルーマロウのハーブティーを使ったから色味がとってもカラフルに仕上がった。


 手順としては、まず小鍋を使ってブルーマロウのハーブティーを作り、そこに粉寒天を入れて混ぜる。中身が少しとろっとしてきたところでお砂糖を追加し、焦げないようにしっかり混ぜながらさらにとろみがつくまで煮詰める。

 後は程よい大きさのバットに煮詰めた液体を移して冷やし固めるだけ。

 固まったら食べやすい大きさに切ったり、手で千切ったりして出来上がりだ。とっても簡単。

 個人的にはナイフを使って断面を切り揃えるよりも千切ったほうが好みかな。見た目により鉱石感が出て良し。


 近々尋ねる予定のセシルへのお土産として、新商品のハーブを使ってなにかお菓子を、と考えて作ったものだったんだけど。


「宝石を食べながら花のお茶を飲むなんて」

「まるで妖精のお茶会みたいね」

「こんなのお土産にもらったら私だったらそれだけで幸せですよ!」


 これがまた意外に大好評。お供にしてるカモミールティーとの相性も抜群で、さっきから味見と称したメイドたちの手が一向に止まらない。

 ふむ。これは使えるかもしれない。ハーブを使ったお菓子として、このままお店の新商品にするのもありかも。女性受け間違いなし、子供受けも期待できる。

 うふふ、夢が膨らむ。


「ときにアヴィリア。このコハクトウ……どんな効果が?」

「特にないです」


 そして今日も当然のようにいらっしゃるお母様。最近私が厨房で調理に励んでいるといつの間にかあなたまでいらっしゃる。何故?


「あら、そうなの……」

「あ、そうなんですか……」


(なんかすごい残念そうな顔された⁉)


 メイドたちも一緒になってガッカリしてること悪いんですがね。今回は本当にただのお菓子なのでこれといった効果はないのよ。あえていうなら材料に使ったブルーマロウのハーブ効果。ちなみに喉の痛みや気管支炎に効きます。風邪の時とかおすすめ。


「お嬢様、この菓子だいぶ柔らかいですが、どのようにお包みしますか?」

「それはまだよ。このまましばらく乾燥させるから」

「え⁉ 乾燥させちゃうんですか?」


 テラが驚いたように声をあげる。乾燥させると食感そのものが変わってしまうものね。

 でも琥珀糖の場合はそれが良い。


「乾燥させると表面が少し固まってシャリっとするの。今のままでも十分美味しく食べられるけど乾燥させることによって、外はシャリシャリ。中はプニプニな食感になるのよ」


 …………ごくり。


 いや、喉を鳴らすな。これはセシルへのお土産です。

 飢えたハンターに乞われるまえに琥珀糖を並べたお皿を早々に撤去した。そのまま風通しの良い場所でしばらく放置する。


「料理長、いつも厨房を貸してくれてありがとう。ごめんなさい、お仕事の手を止めさせちゃって……」


 使い終わった調理器具を片付けながら、隣で手伝ってくれる彼に詫びた。

 私が来ると彼らはいつも場所を開けてくれて好きに動かせてくれるが、いつの間にやらお母様やメイドたちまで集まってくるものだから、気づけば結構な人数が厨房に揃っている。

 一応仕事の邪魔にならないだろう時間帯にお邪魔してはいるんだけど、なんか申し訳ない。


「とんでもない。むしろ私たちみんな、お嬢様には感謝してるくらいです」

「え?」


 きょとりと瞬く私に、彼は優しく目を細めながら笑って答えた。


「お嬢様が調理をする姿を見ていると、私どもは料理人としてとても心が震えるんです」


 扱ったことのない食材。新たな調理方法。そうして生み出される新しい味。

 それを味わった者たちが笑顔で「美味しい」と言う。


 それはかつて、料理人を志した頃の未熟な卵でしかなかった自分が思い描いていた理想の景色。


 経験を重ねて大人になって、一人前になって。大好きだった料理も、いつの間にかやらなければならない「仕事」になっていた。


 長い間ずっとずっと忘れていた、なにか。


「あなたを見ていると忘れていた初心を思い出して、気づいたらいつの間にかまた食材を手に取っているんです」

「俺もです」

「私も。なんかすごい料理がしたいって気分がムクムク湧いてくるんです」

「そうそう、やるぞーって気分になるんですよ」

「おかげで最近仕事が楽しくてやたらはかどるんですよねー」

「わかる」


 うんうんと力強く同意しあう彼らの姿に、なんだか胸の奥が温かくなってくる。


「それもみんなお嬢様がハーブを始めたからですね」


 じんわりと目頭が熱くなった。



 はじめは。


 ただ自分のためだった。自分がただ欲しくて、でもないから、自分の手で作るしかなくって。ただ自分が楽しめればいいってそんな軽い気持ちでしかなかった。

 それだけだったのに。そんな些細なきっかけだったのに。

 気づけばいつの間にか大きくなって、人から求められ、感謝の言葉をかけられるようになった。


 嬉しいと同時に、ほんのちょっと申し訳なさを感じていた。

 私がこの世界で生み出したものは全て前世知識によるものばかりで、私が考えて作り出したものじゃないと、人の手柄を横取りしているような、そんな気持ちがどこかにあった。


 だけど。

 そんな私の行動が、私の知らないどこかで、違う誰かの力になる。

 そうして、そんな誰かの言葉が、今度は私の背中を押す力になる。


 なんて、素敵な人の輪なのだろうか。


「ありがとう、みんな……」



 くるりくるりと廻っていく。繋がっていく。

 今、私の心を染め上げているのは紛れもない充実感だった。

 やってみて良かった。初めて良かった。心からそう思った。


 この世界で初めて目を覚ました時、散々文句を言ってやった神とやらに今は心から感謝を伝えたい。


 ありがとう。

 あなたの気まぐれのおかげで、私は今、とても幸せです、と――――。






 “――――それを、あの子にも伝えてあげてください”




「……あ」


 ふと、成人の儀式の折、神官様に言われた言葉が頭をよぎった。

 ずっと忘れていたのに、どうして今思い出したりしたんだろう。


(そういえば、結局分からずじまいのままだったわ……)




 “あの子”って、結局誰だったんだろう……。


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