第20話 言葉を刺す

 


 どうしてここに。


 そう疑問に思いながら再び視線を令嬢たちのほうに向けると、案の定彼の姿もそこにあった。


「ご令嬢たちの会話に口を挟む趣味はないんだが、どこで誰が聞いているかも分からないような場所でするような話ではないんじゃないかな?」


 にっこり。

 見惚れるような完璧な笑顔だが、なんか圧を。言葉こそ問いかけるような疑問形ではありつつも反論を許さないような威圧感を感じるんだけど、気のせい?


「まぁ、誤解ですわウェルジオ様。わたくしたちはセシル様の優しいお心が心配なだけですの」

「そうですわ、セシル様の心中を思うと、とても言わずにはいられませんわ」

「それはそれは、心配ありがとう。けれど無用の心配だね。妹は社交デビューに向けて少々忙しくしているだけだし、直接会ってはいないだけで連絡は取り合っているようだからね」


 トランシーバーでね。


「まぁ、お忙しいセシル様にさらに時間を取らせるなんて……、図々しいこと」


 うぐ、言われてみればそうかも……。


「失礼ですがウェルジオ様? あの娘にはいいかげん身の程というものを教えて差し上げるべきではなくて?」

「わたくしも同意見ですわ。いくら父親同士が親しいとは言いましても、セシル様にはもっと相応しいご友人がいらっしゃいますわ」

「セシル様は王家に次ぐ尊い血を持つお方です。そんな方の近くにあのような娘を置くなど悪影響にしかなりませんわ」


 凄い勢いで捲し立てられた。火の付いた女の口はそう簡単には収まらない。

 人数がいればなおさら燃えあがる。まさに火に油だ。


「…………」


 それに対して、私は何も言えなかった。

 これはセシルの為だと、言外にそう言い含めるあの娘たちの言い分は、何も間違ってなんかいなかったから。


 私たちが“友人”でいられるのは、セシルがそれを許してくれているからにすぎない。

 貴族とは、身分とは、そういうものだ。

 悪い噂のあるような人間と付き合うなんてもってのほかで、普通なら絶対に止められるだろう行為だ。

 それでも私たちの関係が続いたのは、ひとえにセシルとお父様の存在があったから。


 己の隣を赦す人物の価値が己の価値にもなる。

 それがこの世界の常識。


 私が隣にいることがセシルの立場を悪くしている、なんて。知りたくなかった。

 ううん。考えたくなかっただけかもしれない。

 私はセシルが友人でいてくれて嬉しい。セシルと過ごす時間は本当に楽しくて楽しくて。

 ただ、それを壊したくなかっただけなのかも。


 そんな私の心情など知りもしない令嬢たちは尚も好き勝手に心にぐさぐさくることを口々に言い募り続けて。なんだか凄く惨めな気分だった。


 何より、それを彼に聞かれているというのが、たまらなく恥ずかしかった。


「なるほど。君たちの気持ちはようく分かったよ。そこまで妹のことを気にかけてくれるなんてね。兄としては嬉しいかぎりだよ」

「とんでもございませんわウェルジオ様。セシル様のことは、わたくしたちいつも心配しておりましたの」

「ええ、ずっと声をおかけしたかったのですが、そばにあの娘がいらしたでしょう? なかなか機会を得られなくて、どうしたものかと……」


 ちらり、とウェルジオの顔を伺うように上目遣いで見る令嬢たち。


(ああ、なるほどね……)


 察した。

 この娘たち、私を落としつつさり気なく自分を売り込もうとしてるんだ。

 今私が立っている場所に、『公爵令嬢セシルの親友』という立場に自分たちが取って代わろうと。

 ちゃっかりしていらっしゃる。これが貴族社会の裏か。たくましい。

 私をあけすけにこき下ろす所から見ても、恐らく彼女たちは侯爵家か公爵家の人間。

 確かに、悪い噂のある伯爵令嬢よりはずっといい相手だろうけど……。


 彼は、なんて答える?


 彼女たちの意図は彼にも伝わったはずだ。

 名を汚すような、立場を崩すような存在なら、そばに置いておくべきじゃない。

 やっぱり離れるように言われるのかな。

 セシルの為を思うなら、きっとそれが一番いい判断で。私だってそう思うけど、だけど……。


(やっと、認めてもらえたのにな……)


 セシルの友人だと、一緒にいてもいいのだと。

 誰よりもセシルを大切に想う彼から、ようやく、認めてもらえたのに。

 嫌だな。


(悪口は平気だったのにな……)


 セシルと一緒にいることが出来なくなるかもしれないと、そう思うだけで目頭があつくなった。

 けれど結局は身から出たさびにしかならない。なんだ、自業自得じゃないの。


 判決を待つ囚人というのはきっとこんな気分なんだろう。

 すでに反論する気持ちすら消え果てて、彼の口から放たれるだろう答えを、ただじっと待っていた。


「ところで君たちはヴィコットのご令嬢とはどんな関わりはあるのかな?」



 …………。



 いや、なんでそうなりました?

 あきらかに求められてる答えじゃないって分かってるでしょう? あまりに予想の斜め上をはるかに越え過ぎた返しにご令嬢さんたちもさすがに戸惑ってますけど?


「ま、まぁウェルジオ様ったら、ご冗談はよしてくださいな」

「そうですわ。あのような娘と関わるなど、こちらの品位が下がりますわ」


 悪かったわね人の品位を下げるような女で。


 汚らわしいと言わんばかりに顔を歪める彼女たちに思わず心の中で吐き捨てた。


「へぇ。つまり君たちは……」


 それまでにこやかに受け答えていたはずの彼の声音が不自然に下がる。


「根拠のない噂話を間に受けて、会ったこともない令嬢の醜聞を故意に広めている……ということかな?」


 その言葉に、余裕を見せていたはずの令嬢たちはそろって息を飲んだ。


「彼女の名は社交界に広がりつつある。彼女の作るものには王妃様始め多くのご婦人たちも注目しているんだ。そんな中で、こんな誰が聞いているかも分からないような場所で故意に存在を貶めるようなことをするなんて、それが君たちの言う品位なのかな?」

「な、違いますわ、私たちは……」

「少なくとも、彼女は」


 何かを言い返そうとした令嬢の言葉を遮り、ウェルジオは冷たく言い放った。


「本人のいない場所でコソコソと他者の名を貶めて楽しげに笑うような、そんな性根の腐った醜い真似はしないけどね」

「……っ、し、失礼しますわ!」


 氷のような眼差しで射抜かれた令嬢たちは顔を真っ赤にして、逃げるようにその場を去っていった。




(…………きっつ!)


 それ暗に君たちは性根が腐っててとっても醜いね☆って言ってますよね?

 うわ、きつ……。あんな綺麗な顔で氷のように冷たい目で見られながらあんなこと言われたら、あの娘たち立ち直れないんじゃないの……?


 散々好き放題言ってくれた相手だけど、泣きそうな顔で去っていった彼女たちの姿には本気で同情した。さすがに可哀想がすぎる。


(でも、ちょっと以外……)


 まさか彼があそこまで言うなんて。

 たしかに言われっぱなしでいるようなタイプじゃないのは知ってるけど。以外に子供っぽく負けず嫌いなところがあるのも知ってるけど。

 女性に対してまでああも強く言い返すタイプだとは思わなかった。てっきりさらっと受け流してスルーするものだとばかり。


(うーん。なんか最近彼の意外なところばっかり見てる気がする……)


「おい」

「ひぇいっ」


 なんてことをしみじみ思っていた私は突然背後からかけられた声に驚いて思わず変な声で返答してしまった。


「いつまで隠れてるつもりだ?」

「ウェ、ウェルジオ様……っ、気づいてたんですか?」

「柱の影からその特徴的な髪が見えてたからな」

「そですか……」


 確かに私の紅く長い髪は良くも悪くも目立つ。

 最初からここにいることに気づいてて彼女たちとあんな会話をしたと? 凄い度胸だ……。


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