第21話 令嬢らしくない令嬢、王子様みたいな騎士
「もう大丈夫だと思うが、彼女たちに見つかる前に書庫に戻るぞ」
「あ、はい。すみません、お見苦しいところを……」
足早に書庫に向かって歩き出した彼の後を慌てて追いながら私は謝罪を口にした。
「君が謝る必要はない。むしろ被害者だろう」
「それは、そうかも知れませんが……。私のせいでセシルまであれこれと……」
「あの程度の噂などよくあることだ。いちいち気にしてたらそれこそ身が持たないぞ。しかし言われるがまま黙っているとは情けない……」
「うっ、……すみません。お恥ずかしながら動けなくなってしまいました……」
だって反論できなかったんですもん。
自分でも情けないのは分かってる。思わずしゅんと俯いていたら、前を歩いていた彼が驚いたような顔でこちらを振り返った。
「以外だな。君にそんな普通の女の子のような感覚があったのか」
「どういう意味ですかっ!?」
あまりの言い草に言い返せば、ふっと意地悪気に鼻で笑われた。
年頃のレディに対してなんて失礼な。……しかしよくよく振り返ってみれば、土いじりだの肉さばいたりだのと令嬢としてちょっと、いやかなりありえないことばっかやってる気はする。
「気にすることはない。君の評判は上々だ。確証もない噂話など長続きはしないからな。今のまま評判が広がっていけば、あのような噂など信じる者はいずれいなくなるだろう」
「ウェルジオ様……」
「ま、君が再び傲慢に振る舞いでもしなければの話だが」
「ですから一言余計ですっ!」
「ははっ」
彼はとうとう声を上げて笑いだした。
そうだった。この人は以前のアヴィリアを直に知っている人だった。
そう思うとなんだか急に恥ずかしくなってきた。顔が熱いのはきっと日差しのせいだけではない。
「ところで、彼女たちは何なのです? 城の招待客という風には見えませんでしたが……」
「あれは城に勤めている者の娘たちだ。それを出しにあれこれ理由をつけてはああやってよく城に顔を出しに来る。……身分が身分なだけに無下にするわけにもいかないからな……」
「まぁ、その方は娘の行動を咎めないのですか?」
「あわよくば王子とお近づきになろう、などと目論んでるやつが咎めると思うか?」
無理ですね。
これはレグも大変だ。何より他人事のように言ってはいるが、先ほどの彼女たちの態度を見る限り、目的は別に王子だけというわけでもないのだろう。
あからさまなうんざり顔を隠しもしないウェルジオに絡まれるのは初めてではないと見た。モテる男は大変ですねお疲れさまです。
書庫へ戻る道すがら、そんな他愛ない会話をいくつか続けていると、ふいに彼が思い出したように言った。
「そういえば、伯爵から森の民の元を訪ねたと聞いたんだが……」
「はい。彼らには色々とお世話になっているので。一度挨拶に行きたいとずっと思っていたんです」
「彼らの様子はどうだった?」
そう尋ねるウェルジオの声音には彼らを案じる色がありありと滲んでいて、この人なりに彼らのことをずっと気にかけていたのだと知る。
「皆さんとても元気でしたよ。子供たちも元気に外を走り回っていて……、そうそう! 村の女の子たちがウェルジオ様のことを王子様みたいだとおっしゃってました!」
「は?」
「まるで絵本の中から出てきたみたいにかっこよかったって」
「……隣に本物がいたんだが?」
「まぁ、その……。雪の中を雪まみれになりながらはしゃぎまわる様はとてもそうは見えなかったのでしょうね……」
なんせ村長すらクセの強いやんちゃ坊主呼ばわりだったのだ。知らないってほんと心が平和だと思う。
「はぁぁ……」
くそ重たいため息が彼の口から漏れた。
お世辞にも王族に見えない王子とは。そりゃため息もつきたくなる。それが自分がこの先一生仕えることになる相手なのだ。
きっと彼は生涯胃痛とお友達を続けることになるのだろう。
「その子たちに森の中を案内してもらって、おかげで新しいハーブを手に入れることもできたんです」
「森歩きまでしたのか!?」
「はい、とても有意義な時間でした」
インドア派の私には多少辛くもあったけど、それを差し引いても楽しい時間だった。
是非また行きたいと言えば、彼はもう何も言わんと諦めたように先ほどよりも長いため息を吐いた。
すみませんね。お嬢様っぽくなくて。
「実は、そこで手に入れたハーブを今日持ってきているんです。今までのものとは少し趣向が違うものなのですが、セシルも気に入ってくれるかと思って。後でお渡ししますので、よければセシルに届けていただけませんか?」
城に行けばウェルジオに会うことになると分かっていたので、それを見越して持ってきていたのだ。
「何故だ?」
「え?」
予想外の言葉を返されて思わず首を傾げる。
何か変なことを言っただろうかと不思議がる私に、彼は真剣な眼差しで問いかける。
「なぜ僕に頼む。贈り物なら自分で届けるべきだろう? どうしてそうしないんだ」
その言葉に、まるで冷水をかぶせられたみたいに、一瞬にしてすぅっと全身の血の気が引いていくのを感じた。
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