番外編 今、会いに行きます。〜ホラーを添えて〜

 


 しんしんと音もなく降り続ける雪が景色を白く塗り変え、きんと消えた空気が体の芯まで冷やしてしまいそうな、そんな冬のある日。


 去年の暮れに赴いた討伐任務で重症を負ったウェルジオは王都を離れ、バードルディ領の屋敷で療養していた。

 理由が理由のため派手に体を動かすこともできず、最近は部屋でおとなしくのんびり過ごすことが多くなっていた。


 そんな日常を過ごす中、ウェルジオは屋敷に戻ってきたジオルドからあるものを渡される。


「父上、なんですか? これは……」

「殿下の発案でお作りになった新しい発明品だ。離れた場所にいても会話を可能とするための道具らしい」

「本当ですか!? それが確かなら……、様々な局面で役に立ちますね」

「と言ってもまだまだ試作品らしいがね。実際の使い心地を検証したいから手伝ってほしいとのことだ」

「僕にですか?」

「殿下なりにお前を気遣ってだろう。屋敷でじっとしているだけというのも退屈だからな」


 退屈しのぎの話し相手を買って出たということか。あいつらしいとウェルジオは小さく笑う。


「そういうことでしたら。……ところで父上、これは何と言う道具なんですか?」

「何と言ったかな……。確か……“とらんぷしーさー”だったかな?」

「また奇っ怪な名前を……。名付けからして遊んでますね。まったくあいつは……」

「はははっ。いかにも殿下らしい名付けじゃないか」

「そうですね」


 理不尽な濡れ衣がレグを襲う。しかし間違いだと声を大にして言い切れないのは何故だろうか。

 残念ながらこの場にそれを指摘できる人物はいなかった。



 それからしばらく、ウェルジオはレグの実験検証という名目のおしゃべりに付き合った。

 素直に認めるのは癪だが、療養中のいい気晴らしになっていたことは事実だった。




 これは、そんな日々の中で起きたちょっとした出来事である――――。




 ***




「レグ、これをウェルジオ様にまで届けてくださるかしら?」


 昨日まで降っていた雪がやみ、暖かな日差しが積もった雪をキラキラと輝かせる午後。

 母ベラトリックスと共に午後のティータイムを楽しんでいたレグは唐突に母が差し出してきたものに首を傾げる。


「紅茶ですか?」

「南方にある小国でこの時期しか取れない貴重な茶葉よ。年明けのお祝いに送られてきたものなの」


 つまりは王室への献上品である。それをさらっと横に流そうとすることを突っ込める者は残念ながらここにはいなかった。


「滋養強壮効果があるんですって。届けがてらお見舞いしていらっしゃい」

「母上……」


 あの討伐任務でウェルジオが負った怪我の原因はレグだ。

 たとえウェルジオがそれを否定しても、主君を守るための正しい行為であったとしても、自分をかばって血に濡れた親友の姿を忘れることなどできない。

 現在彼は自領の屋敷で療養中だ。本音を言うなら親友が元気になるまでそばにいたかったが、そんなことができるはずもなく……。

 実験と称していつも通りの声を聞くたびに、こっそり安心していた。


「ウェルジオ様にくれぐれもよろしくね」

「はい」

「あくまでお見舞いですからね。お体に触らないように長居することだけはないように」

「分かってますよ」

「用が済んだらまっすぐ帰ってくること。寄り道せずにね」

「母上。俺は子供ではありませんよ?」

「余計なことしでかしてあちら様に迷惑かける前にさっさと帰ってこいと言ってるんです」

「どういう意味ですか」

「自分の胸に手を当てて今までの行いを振り返ってごらんなさい」


 さすが母親。容赦も遠慮もオブラートもない。



 さて、そんなこんなで決まったウェルジオのお見舞い。

 一見何の問題もなく順調に決まったように見えるが実はそうでもない。

 実はレグ、王都の外に出た経験が非常に少ない。

 立場上の問題もあるが、こいつは世に解き放っちゃあかん的なレッテルを貼られていたため、長い間外出は認められず城の中でそりゃあもう大切に(意味深)育てられてきたためである。

 そのせいで病弱なか弱い王子様の肩書きが一人歩きしたのだが、まぁそれは横に置いておいて……。

 城の中を動物まみれにして強行突破した後は両親もすでに諦めの境地だが、それでもレグの行動範囲はヴィコット家か商店街など王都内の一部のみに偏っている。件の討伐任務がレグにとっては初の遠出であった。それだってお目付け役という名のおもり役として信頼のあるウェルジオが一緒だったから許されたようなもの。

 今回とて、行き先がバードルディ領であることとお見舞いの理由が理由だから許されたのだ。それをレグはちゃんと理解している。


「ほんと過保護だよねぇ、いくら昔は病弱だったからってさあ。そんな心配しなくても大丈夫なのにー」


 言うまでもないが周りが心配しているのはそういうこっちゃない。


 一応これから尋ねることをウェルジオには連絡したが、彼自身も散々渋っていた。「まっすぐ来い。途中で何か見つけても絶対寄り道するな。いいか、まっすぐ来るんだぞ。そしてさっさと帰れ」と説得の末、最後の最後でようやく了承してくれた。


「ジオも心配性だからなぁ。こんな時くらい素直に好意に甘えてもいいのに」


 だからそうじゃない。


「仕方ない。一応、こまめに連絡だけは入れておくか。それなら安心するよね」


 そう思い、レグは早速トランシーバーの電源を入れた。



「もしもーし。こちらレグ。これから城を出発しまーす!」






 それからレグは文字通りこまめに、しつこく、連絡を入れた。

 時には王都の入口の前で。


「今王都を出たよー」


 時には途中の町中で。


「今ひとつめの町にいるよー」


 時には途中の森で。


「今中間にある森に入ったよー」


 こまめにこまめに。レグは連絡を入れた。


「今森を出たよー」

「今バードルディ領が見えるとこまで来たよー」

「今橋を越えたよー」

「今領に着いたよー」


 連絡を入れる回数が十を越える頃、ようやく目的地が見えてきた。

 そこではそろそろ着く頃だろうと思ったのか、ウェルジオが屋敷の入口の前で待っていてくれた。お出迎えとは相変わらず律儀な奴だとレグは微笑ましく思う。

 しかし様子を伺うと、彼はまだこちらに気付いていないようだ。「どこからくる……、あっちか……、そっちか……」とぶつぶつ言いながら辺りをキョロキョロ見回している。

 こーの鈍ちんさんめ☆と思いつつも、レグはせっかくだからおどかしてやろうと思いついた。

 向こうがこちらに気づいてないのをいいことに、そのまま乗っていた馬車からこっそり降りると、彼に気づかれないようにそうっとそうっと近付き背後に回る。

 そのまま後ろから、ぽん、とウェルジオの肩を叩き、耳元で囁いた。



「いまきみのうしろにいるよ」



 その日、バードルディ邸にはこの世のものとは思えないような絶叫が屋敷全体に響き渡ったと言う。




 ***




「お見舞いにきた親友に向かってなんて酷い仕打ちだろう……」

「普通に来い! 普通に!」


 おもいっきり殴られて痛む頭を擦りながら唇を尖らせるレグに対し、ベッドの上で横になるウェルジオは胸を押さえながら荒い息を繰り返した。


「で、どう? 体調は良好?」

「おかげで胃痛が悪化した」

「なんでさ」


 だからなんでじゃない。







________


トランシーバー制作中におきたあれやこれ。

あいも変わらずウェルジオが不憫(笑)



パパ上

 トランプシーサー……。トランプが得意なシーサーか?


レグ

 善意100%のメリーさん。


ウェルジオ

 しばらく夢に魘された。

 奴がくるー、きっとくるー

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