第17話 まるで王子様のごとく
大人たちに見送られてツリーハウスの外に出れば、木漏れ日に照らされた緑が視界いっぱいに広がる。
すると、村に来てからずっと私の肩で大人しくしていた桃色の小鳥が我先にと飛び出した。
「ピピーーーーっ!」
「ピヒヨ、あまり遠くに行かないでね」
「ぴちゅ!」
緑の間を元気に飛び回るピヒヨの姿に目を細めると、私もゆっくりと足を踏み出した。
すう……。
胸いっぱいに空気を吸い込めば、森林の清涼な香りが体全体を満たしていく。
「気持ちいい……」
建物が立ち並ぶ王都の街並みとは違う、どこまでも広々とした森の緑。
じんわりと心の中に染み込んでいくようだった。
思わず口にしてしまった言葉だったが、それを聞いたフェリシナが隣でくすりと小さく笑った。
「フェリシナさん?」
「あ、失礼いたしましたっ。……その、勝手なのですが、貴族の方はこのような場所はあまりお好きではないだろうと思っていましたので……」
虫だっているし、道も整備されていないから歩きにくいし、土に擦れて服も汚れる。確かにね。
「確かに大半の方はそうかもしれませんが……。私は好きですよ、こういう自然いっぱいな場所も伸びやかな村の雰囲気も」
「ええ、自慢の村です!」
そう言って笑う彼女の表情からは本当にこの村が好きだという気持ちが伝わってきた。話していてとても雰囲気のいい人だ。
「――――うわぁっ!!」
などとほのぼの歩いていたら、突然目の前に村の子供が大声をあげて地面に転がってきた。
倒れる少年の前には仁王立ちでふんぞり返るほんの少しばかり大柄な男の子。
それを囲むように眺めている沢山の子供たち。
ケンカ……?
「ちょ……っ!」
「お待ちくださいお嬢様! 大丈夫です。あれは喧嘩などではありません」
「え、」
慌てて駆け寄ろうとした私を、フェリシナが引き留めた。
確かに、よくよく見れば周りを取り囲む子供たちの顔には心配そうな様子はない。むしろどこか楽しげである。
「またやってるの? アル、トム」
「フェリシナ姉ちゃん!」
「姉ちゃん、アルすごいんだよ、またトムに勝ったの!」
そんな子供たちにフェリシナが声をかければ、子供たちも寄ってきてわいわいと囃し立てた。
「驚かせてしまい申し訳ありませんお嬢様……。この子たちがしていたのは剣の訓練なんです」
「剣の?」
言われてみれば二人の手には長い竹刀のような木の棒が握られている。
「騎士になるための訓練だよ! 俺大きくなったらこの国の騎士になるんだから!」
「俺も!」
「俺もだよ」
「まぁ」
「そうなんです。実は今、村の子供たちの間で騎士が大人気で。冬頃に熊の被害が出たことがあったのですが、それを国の騎士様たちが退治してくれたということがありまして」
なるほど。いわゆるヒーローに憧れちゃう的なあれかな。
「隊長の兄ちゃんがさ、すげーかっこよかったんだよ!」
「もっと年上の人もいたのに、隊長なんてすげーよな」
おや? それはもしやウェルジオのことではなかろうか。
「なんかむすーっとして、眉間にすげえしわ寄せててさ」
「うんうん。ちょっと怖い感じでなんか近寄りがたかったんだよな」
うん、ウェルジオっぽい。
「でも一緒にいた黒髪の兄ちゃんに引っ張り出されて、雪の中に突っ込まれちゃってさ」
「あっという間に雪まみれにされてたよな。あれはちょっとかっこ悪かった」
あ、うん。間違いなくウェルジオだわそれ。プラスレグを添えて。
「ちょっとどこ見てんのよ! これだから男ってのは」
「そうよ、あんな素敵な人そうそういないわよ!」
「綺麗な金髪、綺麗な瞳」
「すらっとした立ち姿も素敵だったわ!」
「雪の中に立つ姿がかっこよかったのー」
「うんうん、絵本の中の王子様みたいだった!」
「ねー!」
それは本当にウェルジオか……?
どうやら同じ子供たちの中でも男の子と女の子とでは向ける感情が全く別方向らしい。というか。
(その“王子様みたい”の隣に本物の王子様いたはずなんだけどな)
しかしその気持ちはよく分かる。レグとウェルジオ、どちらが王子様らしいかといえば確実に後者だろう。いろんな意味で。
さすがに無礼なんてものじゃないので心の中でひっそり思うだけだが。
「あんな人に守られてみたーい」
「ねーっ」
女の子たちはなおも頬を染めてきゃーきゃーと色めく声を上げている。
楽しそうで何よりですがねお嬢さんがた。後ろで呆れたような白けた眼差しをしてる男の子たちにも気づいておあげなさいな。
こんな所で自分の株が上がってるなんて、本人はきっと夢にも思ってないんだろうな。
(人気があるのは貴族令嬢の間だけじゃないのか……。さすがイケメンは違う……)
最近は貴族令嬢のお茶会の誘いも増え、横の繋がりを作るためにもと積極的に参加することが多い。
基本茶会での話題と言えば自分の趣味や最近の流行りについて。もしくは貴族間で流れる噂話などに偏りがちだが、年頃の娘らしく毎回必ずと言っていいほど話題に上がるのが恋バナだったりする。
すでに婚約者がいる人はその相手との甘いエピソードなどを語ってくれるが、そういう相手がいない者の場合は決まってどこの誰が一番素敵かという話題になる。
そんな話の中で必ずどの令嬢の口からも出てくる名前がウェルジオだ。そしてセシル繋がりで何かと関わる機会の多い自分にその矛先が向く。というまでが一連の流れだ。
本気で勘弁してほしい。申し訳ありませんがそんな興味津々な顔で詰め寄られましてもご期待に添えるような話など何もありませんよ?
お父様、やっぱり誕生日パーティーのあれはちょっとまずかったのではないでしょうか。毎度毎度噂話の好きな令嬢集団の恋バナの的にされて私のHPはもう限界ですよ。
しかしながらこの手の話で毎回毎回名前が上がると、こちらとしても思うものはある訳で。
バードルディ公爵家の次期当主。
剣術大会優勝最年少記録保持者。
次期国王の側近。
100人中100人がイケメンだと言うであろう整った容姿。
あえて難点をあげるなら意地っ張りでツンデレ気味なところかもしれないが、それもそれで魅力といえば魅力だろう。
精神年齢のこともあって、どうしても彼に対しては“年下の男の子”というフィルターがかかってしまっていたが。
(考えてみれば、たしかに高スペックなのよねぇ……)
他人事のようにしみじみ思う私は、ここに来てようやく当のウェルジオが世間一般で言うところの超優良物件に分類される男であると言うことを理解したのだった。
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