第14話 つぼみが花開くように
突然の謝罪に私は思わず首を傾げた。彼に謝罪されるようなものに心当たりがない。
「君が、あの鳥と契約を交わすことになったそもそもの原因は僕だ。僕が油断したせいで、あんなことになった。……そのせいで君にそんな重責を背負わせることになった。……ずっと、謝らなければと思っていた」
再び、すまないと言って頭を下げる。その肩がいつもより一回り小さく見えた。
(ああ……、そうか)
彼はずっとそのことを気にしてくれていたんだ。
ピヒヨと契約してから、彼はよくよく私の周りを気にかけてくれていた。
それはきっと罪悪感からだったのだ。
自分がしっかりしていれば。あんな怪我などしなければ。
私とピヒヨの関係は何も変わることなく、今まで通りでいられたのにと……。
一体どれだけ、自分のことを責めたのだろう。
(分かってたはずじゃない……)
彼が本当は、とても優しい人なんだって。
「ウェルジオ様。頭を上げてください。そのような謝罪は不要です。謝っていただくようなことではありません」
「だが……」
「もともとピヒヨに名前は与えてありました。仮にあなたのことがなかったとしても、遠からず契約はすることになっていたと思います」
精霊との契約に必要なのは、精霊に与える“名前”と“主となる者の一部”。
髪一筋、涙一筋でも主のものを与えればそれで契約は結ばれる。
あの子を拾った時に既に名前はつけていた。
ピヒヨが
あの子に懐かれているという自覚はある。きっと、遅かれ早かれ契約は成されていただろう。
それがたまたま、あのタイミングだったというだけだ。
「だから気にする必要などありません。むしろ契約を交わしたのがあの場で良かったと思っています。おかげで内々に留めることもできましたし、ウェルジオ様を助けることもできました」
もしも他の人の目があるような場所でしてしまっていたらと思うとゾッとする。きっとこんな風に今まで通りではいられなかった。
「そう、か……」
私の言葉をひとまずは受け入れてくれたようだが、それでも瞳の翳りは残ったまま。
受け入れはしても納得することはできないってところかしら。それもまたこの人らしいけど。
「それより! 私ウェルジオ様にお聞きしたかったことがありまして!」
「何だ?」
それを打ち払うように私は明るく話題を変えた。
彼もその意図には気づいていただろう。文句を言うこともなく話に乗ってくれる。
「セシルのことです。最近尋ねてくることがなくなったので……、体調でも崩しているのでは、と」
「……ああ。それなら心配ない。夏に社交デビューを控えてるからな。その準備に手一杯になってるんだ」
「そうなんですか?」
「僕が療養していたこともあって、しばらく準備が滞っていたからな。そのしわ寄せが一気に来たんだ」
なるほど。そんな障害を生んでいたのか。
「あいつも最近の忙しさにはうんざりしてるだろう。気晴らしに話でもしてやってくれ」
「っ、はいっ!」
思いもよらない彼の言葉に、胸がじんわりと熱くなった。
遠回しでも連絡を取ってやれと言われたのだ。あのウェルジオから。
今となってはほぼ過去のようなものだが、元々彼は私とセシルが関わることをよく思っていなかった。
関わり始めた頃は何度も間に立たれたし、私がセシルに何かしないよう、ずっと睨まれていた。
私たちが友人だということを絶対に認めてくれなくて。でもいつからか、そんなこともなくなって。こんな風に、穏やかに会話ができるようにもなって。
(ちゃんと認めてくれたんだ……)
アヴィリア・ヴィコットは、セシル・バードルディの友人だと。
他の誰でもない。この人から、ちゃんと。
それが嬉しくて嬉しくて、まるで親に褒められた子供のように喜んでしまった。
彼からすれば何をそんなに喜んでいるのか甚だ疑問だっただろうけど、それを指摘することもなく、子供みたいに喜ぶ私を見て。
彼はふっと、優しく口元を緩ませた――――。
「……」
「なんだ?」
「い、いえ! なんでも……」
私は訝しげに顔を覗き込んでくる彼から目を逸らし、ページが止まったままの本に慌てて視線を戻した。
(びっくりした……)
あまりにも自然に笑ったりするから。
いつも眉間にしわ寄せて厳しい顔をして。冬空のようなアイスブルーの瞳は時にひんやりと冷たささえ感じさせる。
上から目線の強気な態度と口調。最初の頃なんてしょっちゅうイラッとしてた。
別に、笑ったところを見たことがないってわけでもないんだけど……。
(あんな風に、笑ったりするんだ……)
冷たさも強情さも感じない。
ただただ優しい瞳で、微笑んだりもするんだ。
(なんか、落ち着かない……)
意外なものを見たりしたからだろうか。
なんか、心臓がうるさいな。
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