第13話 精霊を知る

 


 目の前には荘厳な雰囲気を醸し出す大きな扉。

 ウェルジオが力を込めて押せば重々しさを感じさせる音とともにその扉が開く。


「うわぁ……」


 視線の先に広がるのはまさしく本の世界だった。


 天井に届くほど高くそびえ立つ本棚がこの空間を囲むようにいくつも並び、棚には隙間なくみっちりと本が敷き詰められている。

 部屋の奥には、まるで図書館のような机と椅子も設置されていた。


(さすがは王宮書庫。まるで本の国だわ!)


 まさに圧巻としか言えない光景に間抜けにも口をポカンと開けたまま呆けているとウェルジオが前に進みだす。


「こっちだ」


 前を歩く彼に置いて行かれないよう私も慌てて足を進める。

 広い広い本だけの空間の中に私と彼の二人分の靴音がコツンコツンと響いた。

 物珍しさにキョロキョロしていると、彼はとある一角で足を止める。


「ここだ。精霊に関する書物は全てこの一角に並べられている」


 彼が指差す先の棚に目を向けると、難しそうなタイトルの本がズラリ。かなりの量がある上にそのどれもが歴史を感じさせるものばかりで、この辺り一帯に漂う古めかしい雰囲気をより一層引き立てていた。


「今となってはほとんどが古書の貴重品ばかりだ。当然持ち出しは禁止。単独での閲覧も認められなかった。悪いが、終わるまで僕もここにいさせてもらうぞ」

「分かりました。ありがとうございます」


 そう言うと、彼は腕を組んで近くの棚に寄りかかった。

 その姿を横目に、私は早速どれから手をつけようか考えながら本のタイトルに指を走らせた。



 私が本日こうして城に訪れたのは、この王宮書庫に保管されている精霊について書かれている本を読ませてもらうためだ。


 精霊の主となってから、私はその結果どのような恩恵を得ることになるのか、自分なりに色々と試したり調べたりといったことを繰り返した。

 時にはハーブがハーブとは名ばかりのヤバいものに進化を越えたメガ進化をしたりと大変なこともあったりしたが、そんな実験を繰り返す中で、そもそも私は“精霊”という生き物についてあまりよく知らないということに気付いた。

 私にとっての精霊とは、ファンタジーもののゲームや映画の中によく出てくる仮想生物。

 けれどこれは空想ではなく現実だ。実際にこの地に存在している精霊が、私の知っている通りの存在そのままだとは限らない。


 精霊とは何なのか。まずはそれをきちんと知るべきではないのか。

 いざという時、「知らなかったから」なんて言うのは言い訳にはならないんだから。

 そう思った私は早速行動に移した。


 だが、これがまた思うようにはいかなかった。


 精霊がこの地から姿を消して数百年。その存在はすでに幻のようなものになっていて、人から知ることのできる知識はどれもお伽話じみたものばかり。詳しい書物なども今となっては市場にもそうそう出回らない。


 困りはてた私が思い切って父に相談してみたところ……。


「精霊の本? それなら王城の図書室にきちんとした資料が残っているよ。見させてもらえるよう頼んでみよう」


(軽っ)


 なんとあっさり解決した。

 いやでもそんな簡単に見せてもらえるもんなのかと思いながら待っていると、父は本当にその日のうちに国王陛下に話を通してきてくれたのだ。


「これでも陛下の側近だからね」


 だそうです。ありがとうお父様。あなたが偉い人で本当に良かった。娘は感激しています。国王の側近様々です!

 え、職権乱用? 何それ知らない言葉ですね。



 本棚に並ぶ本のタイトルをたどり、ふと目についたものを手に取る。

 古書というだけあって全体がくたびれていて周りはすでに茶色く色褪せていたが、中身はわりかし綺麗に保たれていて問題なく読むことができそうだった。



 “精霊”と一言で言っても、そもそも系統によってまずは大きく種類が分けられる。

 水の精霊、火の精霊、風の精霊、土の精霊。これらはRPGなどでもよく聞く耳慣れた言葉だ。

 ちなみにピヒヨは不死鳥。鳳凰、火の鳥などの別名からも分かるように火の精霊のひとつに分類される。


(光の精霊、浄化の精霊……。ぅわっ、闇の精霊なんてのもいるの!?)


 明らかに完全取り扱い注意物件。大概どのファンタジーものでもとにかくヤバいもの扱いされるやつ。この世界ではどうなんだろうか……。


(……“闇の精霊の多くは、個体としての姿を持たず意識体として存在する。人の生気、魂を養分として育ち、太古の昔より人々を苦しめてきた”……)


 はいヤバい奴決定ー。現実でも空想でもヤバいもんはヤバかった。

 とりあえず懐かれたのがこれじゃなくて良かった! それだけは心の底から感謝する。

 しかし悲しいかな。精霊の存在が夢や幻ではなく現実であるこの世界では前世のように「そんな存在いるわけないでしょ」と楽観視できないのが痛いところだ。できれば一生お目にかかりたくない。


(もし私がフォーマルハウトだったら、こういう精霊にも懐かれたのかしら……)


 それはそれで怖いな。過去に存在した歴代のフォーマルハウトはそういう時どうやって対処してたんだろう。その辺りの対処法も調べておくべきかしら……。


 パラパラとページをめくり内容を確認していると、背後でずっと黙って立っていた彼がおもむろに口を開いた。


「…………その後はどうだ? 体調に異変が出たとかは……」


 口調こそどこかつっけんどんだが、その声音にはこちらを案じる色が混じっていた。


「おかげさまで。以前と変わらず平穏無事に過ごせております。父や公爵様が気を配ってくださっているおかげです」


 極めて明るく言ったつもりだったが、その言葉を聞いた彼は何故か苦しげに眉をひそめた。


「……すまない」

「はい?」


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