第10話 羽ばたきの音が聞こえる

 


『本当にほんとーーに、何でもないの!?』

「本当の本当よ」

『でも頭痛だったんでしょ? やっぱり心配だわ。まさか脳に異常が……!? ダメダメやっぱり一度頭開いてみっっちり精密検査を……』

「本当に大丈夫だってば!」


 頭開いたら死ぬから。

 そうは言ってもセシルはまだ納得しきれない様子。もうかれこれ30分はこんな感じだ。


 夜のとばりも降りる頃。自室で休んでいた私にセシルからかかってきた通話。

 神殿で頭痛を訴えた私を心配するものだったが、むしろその勢いにこっちが押されてしまっている。

 いや、心配してくれるのは嬉しいんですけどねセシルさん。

 そうもあれそれと心配されると余計不安になるからやめてほしいと言うか……。


 ちなみにセシルよりも前に同じ内容の通話をウェルジオからも頂いた。

 こちらは大丈夫だと告げると「そうか」と言って早々に通話を終えてしまったのだが。

 彼から通話がかかってくるのは初めてだったのでむしろそっちのほうに驚いた。


 というか、なぜ君たちがそのことを知っているのかのほうが謎なんだけど……? 神殿に耳でもあるの?


『私も神殿にはまだ行ったことないのよね、なんか肩凝りそうな感じがして……』

「ふふっ」


 息苦しそうなため息を耳元で聞いて思わず吹き出した。

 確かに活発という言葉が服を着ているようなセシルには、神殿のような厳かな場所は居心地が悪いのかもしれない。


(金髪美少女と白亜の神殿なんて、はたから見れば最高の絵面なんだけどなぁ……)


 実にもったいない子だ。


「夏になったらセシルも行くことになるのよ? そんな気にしなくても難しいこともなかったわ。祝福の言葉をもらっただけだもの」


 むしろそれ以外の言葉のほうがよほど精神に刺さった……。とはさすがに言えないので黙っておく。


『これでアヴィは本当に大人の仲間入りね』

「お父様にも言ったけどそんな急には変われないわよ。私は私」

『う〜ん。その言葉が既に何と言うか……。でもアヴィってもともと大人っぽいところあるものね』


(そりゃ中身はすでに成人済みですからね)


 なんてことも言えないのだけども。

 待てよ。そうすると逆に、私なんて未熟者ですなんて言ってるほうがちょっと情けないんじゃ……?

 やばい。これは本気でしっかりしないと。


『子供の時間なんてほんとあっという間よね。アヴィと初めて会ったのもついこないだのような気がするわぁ』

「ふふ、確かに。過ぎてしまえばあっという間ね」


 それが楽しいものならなおさら。



 セシルと、初めて会った時、か……――――――。



「……八歳の時だったわね、覚えてる?」

『覚えてる覚えてる! 家で開かれたお茶会でだったわよね!』


 あれからもう五年も経つのねと、耳元に触れる楽しそうなセシルの声を聞きながら、私は別のことを思っていた。


「ねぇ、セシル」


 自分でもどうしてかなんて分からない。

 なぜそう思ったのか。なぜそんな風に感じたのか。

 理由なんて分からない。


 でも気づけば、その疑問を口にしている私がいた。


「私たち、それより前に会ったこと、あったかしら…………?」











『――――――――――ないわよ?』











「……そう、そうよね」

『そうよ! 会ってたなら忘れないわよ』

「そうよね」


 それもそうだわ。そもそも父親の紹介を通じて会ったんだもの。

 なんでそんな風に思ったりしたのかしら。


『どうしたの急に』

「なんでもないの。ちょっと聞いてみたかっただけ」

『ふふっ変なアヴィー。ねぇねぇ、それよりちょっと聞きたいことがあるんだけど』

「なぁに?」

『社交デビューでアヴィが着てたドレス! あれほんとに素敵だったわ! どこで仕立てたの?』

「ああ、あれはね……」


 それからしばらく、私たちは他愛もない世間話に花を咲かせた。


 笑い声を交えて会話を続ける中、胸の奥にかすかにくすぶる違和感を残して。




 ***




『――――じゃあまた。おやすみアヴィ、良い夢を』

「おやすみなさい。良い夢を」


 ピッ。


 無機質な電子音を最後に小さな端末は沈黙した。


「…………やっぱり、違うわよね……」


 ポツリと漏れた言葉は自分自身に確認を問うような響きだった。


 私はそのまま腰掛けていたベッドに体を倒して寝転がる。

 ぼんやりと天井を見つめていると、自然と思い出すのは先ほどまでのセシルとのやりとり。


 なぜあんなことを聞いてしまったのか、自分でもよく分からない。


 神殿で突如頭痛に襲われた時。頭の奥に響く声があった。

 何かを必死に訴えかけるように、強く強く響く声だった。

 その声を聞いたのは今日で二度目。

 初めて聞いた時は、それをセシルの声だと思った。何と言っているのかも分からないのに、ただそう思った。

 けれど、いざこうして本人の声を聞いてみれば全く似ても似つかない別人の声だと言うのが分かる。


 なのに、どうしてだろう。それを否定する自分がいるのは。


「なんでこんなに、“セシルだ”って思うんだろう……」


 全然違うのに。ちっとも似てないのに。

 まるで心が訴えかけてくるようにそう思う自分がいるのは、なぜ。


 一体どうして。











 あなたは誰なの……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る