第7話 記憶のカケラ
「はぁあぁ〜〜……」
祈りの間から戻った私は深いため息をつきながらソファーに沈んだ。
なんかどっと疲れた。儀式とは何の関係もないことで気分が一気に……。
「ぴーぴぴ。ピチュ?」
そんなご主人様の気分など知らずに諸悪の根源は今日も元気だ。呑気に部屋の中を飛び回っている。
その気楽さが羨ましいわまったく。こっちは責任が重すぎて潰れそうだってのに。
「ピ〜ピッ、チュ!」
(制御してくださいと言われても、この子も割りとマイペースだからなぁ……)
さすがに祈りの場まで連れて行くことはできないので、お父様と一緒にお留守番をしてもらっていたのだが、今日は何時にもまして調子が良さそうだ。この元気が有り余ってる感じは神聖な場所のせいだろうか。
「ピヒヨ……」
「ピ?」
「何かする時は、ちゃんと事前に言ってね?」
そしたら止めるから。
「ぴっ!」
挙手をするかの如く方翼をピッと上げていいお返事。
本当に分かってるんだろうね。信じるわよ……?
(しかしまさか、神官様にまで釘を刺されるとは……)
正直トホホとしか言えないが、何も言われずともピヒヨのことに気づくとは思いもしなかった。
さすが神官とでも言うべきか。始祖アステルに仕える身というのは伊達じゃない。
そんな只者じゃない感満載の神官様は祝福の儀が終わった後、我が父に乞われて現在別のお部屋でお話し中だ。
私が聞いてはいけない話なのか、多分ピヒヨのことだろうとは思うのだけど。
(神官様は、私が異世界からの転生者だってことに気付いてた……)
気になってしまうのはしょうがない。
「ふぅ……」
またもやため息が漏れてしまう。
(……結局、何も聞けなかったな……)
せっかくの機会だったけど。聞きたいことも知りたいこともいっぱい、いっぱいあったけど。
でも、思ったほど傷ついてはいない。
幸せだと感じると言った、あの言葉に偽りはない。ここでの生活を苦に思ったこともない。
咲良である自分を忘れることはこの先もずっとできないのだろうけど。
(今の私は、アヴィリア・ヴィコット)
それが真実。今は『ここ』が私の世界なんだから。
「危なっかしくて目を離せない子もいるしねぇ……」
「ぴ?」
思わず遠い目で膝の上で呑気にくつろぐ小さな小鳥を眺めた。
神官様はいざという時、この子を止められるのは私だけだと言っていたけれど。
(正直不安だ……)
“――――あなたの幸せを誰よりも願っている、あの子”
“――――精霊様と、どうぞ仲良く”
「あれ……?」
ふと、違和感を感じた。
(あの子、と……精霊様……?)
これではまるで存在を使い分けているような言い方だ。
何より、ピヒヨに対して敬称をつけて呼ぶような人が、
(ピヒヨじゃない……?)
神官の言う“あの子”と“精霊様”は別なのか。
なら、あの子とは誰だ。降りかかる災いから全力で私を守ろうとしてくれる、誰か。
てっきりピヒヨのことだと思ったのに。
(ピヒヨじゃないと言うなら、誰が……)
――――その時だった。
キキーーーーッ、ガッシャン!
突如、外から聞こえてきた大きな音。それに次いで騒がしい人の声。
「何かしら」
思わず立ち上がり、部屋に備え付けられた窓から外の様子を見てみると、そこには積んでいた荷物をぶちまけてしまっている一台の荷馬車の姿があった。
その先に一目散に逃げていく一匹の狸の姿も。
「危ないな、危うく轢いちまうとこだったぞ!」
「ああ、大事な荷物が……」
御者は慌てて馬車を降り、散乱する荷物を集める。
一個一個破損がないかチェックしながら再び荷台に積み上げていくと、騒ぎを聞きつけて神殿の中から数人の巫女が駆け寄ってきた。
「もし! 大丈夫ですか!?」
「すみません、お騒がせ致しました」
御者が申し訳なさそうに頭を下げると、巫女たちは散らばった荷物を一緒に拾い集め始めた。
「……」
私はその光景からふい、と目を背けた。
あまり、見たいものじゃない。
咲良が最後に聞いた音。最後に目にした景色。
それらにあまりにも類似しすぎていた。
(あんなことがあったばかりだからかな……)
鮮明に蘇る、自分を死へと誘う恐怖。
あの時もこんな風にタイヤの引きつる甲高い音が耳の奥を貫いた。
目の前に迫る巨体。視界を染めるヘッドライト。
『私』は地面を蹴って走り出す、必死に手を伸ばして。
『あの子』に届くように……――――――。
“―――― ッ!”
「……いっ!!」
突如、ズキンという鋭い痛みが脳に走った。
“―――― めて、”
“―――― ないで”
頭の奥で声がする。
知らない声。
いいえ、知ってる声。
聞いたことのない声。
いいえ、聞いたことのある声。
分からない。痛い、痛い。
(頭が、……割れそう……っ!)
思わず頭を両手で抱え込んでその場にしゃがみ込んだ。痛みは断続的に襲ってくる。ガンガンと内側から響くような感覚に意識を持って行かれそう。
(なん、なの……これ……)
まるで記憶の底を力尽くで刺激するかのように響いている。
「ピ! ピピッ! ピチュー!」
ああ、ピヒヨが慌てる声がする。早く落ち着いて、安心させてあげなきゃ。
あれ、でも。
――――――前にも、こんなことがあったような――――……。
痛む頭の端っこで、ふとそんなことを思った。
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