第6話 迷子の心
どくり、と心臓が高く音を立てたのが分かる。
「不思議な色……、不思議な形。体にすごくあっているはずなのに、どこかが不自然に欠けている。そのせいで本来属していたはずの場所から迷い込んでしまったのですね……」
「本来の、場所……」
“咲良”のことを、言ってるの?
「あ、あの……っ」
“私”のことが分かるの?
あの世界のことが分かるの?
“私”はどうしてここに来たの?
この世界は何なの? 向こうで私はどうなったの?
お父さんは、お母さんは。友人たちは。
どうしてこんな記憶があるの。
私、私は。
あっちに帰ることが、できるの?
「……」
聞きたいことが沢山あった。知りたいことが沢山あった。
どれもこれも気になって、忘れることなんかできなくて。
でも。理由が分からないこその現状に、何をどうすることもできなくて……。
いつもいつも、心の片隅にくすぶっていたカケラ。
その答えを、私は知りたい。
「……」
けれど、そんな思いに反して自分の口は言葉を発してはくれなかった。
「……」
言葉にならない。出そうとしても思いが言葉になってくれない。
どうして――――……。
「……」
思わず俯いてしまった私を慰めるように、神官様の優しい手が私の頭をそっと撫でる。
「ここでの生活は、楽しいですか?」
そっと、静かに柔らかく尋ねられる。
「……ぁ、はい」
それに対する答えは自然と音にできた。
「とても、楽しいです。……愛情をかけてくれる両親がいて、気の許せる友人も、親友と呼べるような相手もできました。成長を見守ってくれる人もいます」
それは紛れもない本心。偽りのない真実。
「趣味で始めただけだったことに、今では多くの人に注目してもらえて、それを求めてくれる人もいます」
ただ自分が好きで、自分の満足のために始めたことだった。
それがだんだん大きくなって、自分の手では抱えきれないほどになって。不安でいっぱいの時もあったけど。
次は何を作ろうか。周りの人はどんなものがあったら嬉しいか、楽しいか。
当たり前の日常のほんのひとときを彩るような、そんなささやかな一欠片を。
最近はよくそんなことを考える。
「そんな時間が、今はとても楽しいです」
“咲良”だった頃には感じたことのない高鳴り、高揚感。
充実していると感じるこの気持ち。
それは紛れもなく、この生だからこそ手に入れたもの。
「毎日がとても潤っていて、とても幸せだと……、今は感じています」
前世では得ることができなかったもの。
そう考えると少しだけ寂しい気もするが。
嫌だとは思わない。既に自分の中で手放したくないものになっているから。
そう心のままに伝えると、神官様はまたふわりと微笑んだ。
「それを、あの子にも伝えてあげてください」
「あのこ?」
「――――あなたの幸せを誰よりも願っている、あの子」
その言葉を理解する前に、神官様はすっと音もなく立ち上がり言葉を紡ぐ。
「あなたのそばに常に在り、あなたに降りかかる災いを全力で振り払おうとしている」
それはまるで、信託のような……。
「この先、己が心を見失い、落ちることがあったならば……、それを止めることができるのは、あなただけ」
(ピヒヨのことかよ!?)
発言の行き先がなにやら不穏になってきたなと思っていたら、そういうことか。
そうですね。なんたって精霊様ですからね。しかもかなりやばいタイプの。
なんせお父様や公爵様でさえ、取り扱い注意の精神でいるほどだもの。
「き、肝に銘じておきます……っ」
そう答えるのが精一杯だった。
ある意味この国の平和がかかっている。
責任という重責の重圧が半端ない……。いっそひと思いに潰れてしまいたい……。
ブルブル恐怖で震えていると神官様は朗らかに笑った。
「あなたなら大丈夫。精霊様と、どうぞ仲良く……」
その言葉を最後に『祝福の儀』は終わった。
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