第3話 春に踏み出す一歩
「皆様本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。本日を持ちまして皆様の仲間入りを果たすこととなりました。未だ若輩者の身ではございますが、ヴィコットの名に恥じぬよう誠心誠意努めさせて頂く所存にございます。今後ともよろしくお願い致します」
胸を張って視線はまっすぐ、凛として。そこに存在するだけで視線を集める一輪の薔薇のように。
それが母の教え。
深く一礼した頭を上げると隣に立っていたお父様がグラスを掲げて声を上げる。
「それでは乾杯!」
わあ、と盛り上がる会場。挨拶の中静まり返っていたホールが一気に熱を持った。
季節は春――――。
アヴィリア・ヴィコット、本日をもって十三歳。
めでたく成人を迎え、大人の仲間入りをする日がやってきました。
この日の為に仕立てたドレスは蒼穹を切り取ったような鮮やかな蒼。
その空を飾る桜の花を基準とした白い花の装飾は生花のごとくみずみずしく、胸元やスカートの裾にさりげなく施された金色の刺繍と、散りばめられた宝石がキラキラと輝いて華やかさを醸し出している。
薔薇色の髪を飾るのは、ウェルジオに贈られた桜の髪飾り。
今回もまた、この髪飾りを使いたいと言った私の我儘に合わせてデザインしてもらった。
これまで以上に豪華だわ……。知らずにピンと伸びた背筋は決してこの場の緊張によるものだけではないと思う。
「アヴィリア様、おめでとうございます」
「おめでとうございます。この日をどんなに待ち望んだことか……」
「お顔を見れて嬉しいですわ」
「色々話してみたいことがありまして……」
「お待ちになって、私もですわ」
「ズルいわ、私もよ」
ご婦人方の圧がすごい!
社交デビューで貴族夫人に囲まれる令嬢とは如何に。
まあ、去年のように次々と自分んちの息子を紹介されるのよりかはマシか。まだ会話の内容が女同士の世間話かビジネスかに寄ってるもの。
「申し訳ございませんご婦人方。アヴィリア嬢はまだご挨拶に向かわなければならない方が残っておりますので、この辺りで……」
「まあ、残念」
「うふふ、ごめんなさい邪魔してしまって」
「……いえ」
さりげないお断りの言葉にも気を悪くするどころか微笑ましいものを見るような視線を向けられた。
その原因、己の隣に立つ少年に目を向ければ重々しいため息がその口から漏れた。
「分かってはいたが、すごいな……」
「申し訳ありませんウェルジオ様……、こんなことに付き合わせてしまって」
「それは別にいい。ヴィコット伯爵たっての頼みだ。僕からすればむしろ光栄だ」
「ご無理はなさらないでくださいね。まだ本調子ではないのでしょう?」
「その心配こそ無用だ。とっくに完治して登城もしてる。――――君のおかげでな」
そう言ってさりげなく持ち上げられた腕に、自らのそれを絡めて歩き出した。
…………途端、わざとらしくきゃあきゃあ騒ぎ出す周囲に私たちの顔には何とも言えない複雑さが滲む。
去年の暮れに負った大怪我のため、しばらくバードルディ領の屋敷で療養することになっていたはずの彼だが、早々に回復したらしく、いつのまにか王都に戻りいつものように城に登城していた。
最初、セシルにその話を聞いた時は背筋が凍ったものだが、どうやら本当に問題なく完治したらしい。かなり大きくできたはずの傷跡もよく見なければ分からないほどに薄くなり、むしろそれを上手く誤魔化すほうに神経を使うはめになったとか。
聞いた話によると最初の登城日は、彼の復帰を喜ぶ兵士たちの涙混じりの歓喜の雄叫びが始終城のあちこちから聞こえてきてたらしい。随分周りから慕われているのね。
「おかげで一日中お世辞にも綺麗とは言えない男共の野太い叫び声を聞くはめになったよ」
レグが愚痴っていた。
そんな彼は、そのすぐ後に討伐の成果と王子を守った功績を大きく称えられ、国王陛下から直々に勲章を授かり、正式に第二王子付きの側近として認められた。
この若さで勲章を与えられるというのは国内でも初めてのことで、ウェルジオ・バードルディは一躍、時の人となった。
男性からは尊敬や嫉妬混じりの熱い視線を送られ、女性からはやたら熱のこもった別の意味で熱い視線を送られ。暫く公爵様の元には見合い話がごっそり舞い込んで来たらしい。
「むしろ療養中よりもげっそりしてたわ」
セシルも面倒くさげに愚痴っていた。
兄が注目されたことに対しての余波が少なからず妹にも降りかかっていたようだ。
その彼が何故このパーティーで私のパートナーになっているのかと言えば、彼の言葉通り我が父のせいである。
去年の誕生パーティーでも“アヴィリア・ヴィコット”はそれなりに注目を集めてはいたが、『ハーバル・ガーデン』の開店を切っ掛けに今年はさらに輪を掛けた。
取り扱ってる商品を考案しているのが私だと、世間にはっきり公表していたため、年若い女性陣、己を磨くことに余念が無い貴族の御婦人方からの注目が一気に高まったのだ。
貴族にとっての知名度はステータスでもある。
今年はおそらく、去年の比ではないほどに注目されるだろうことは予測できた。
かといって社交界の一員になる以上、のらりくらりと交わすことはかえって外面が悪く、さらに今後の社交的な活動を考えるならば、こうした場での売り込みはとても大事だ。
ではそれらに対して一番うまく立ち回るにはどうすればいいか。と考えた時に白羽の矢が立ったのが誰あろうウェルジオである。
去年のパーティーで彼が私のパートナーになったことはほとんどの者が知っている。
社交界デビューという一生に一度の記念すべきこの日に同じようにパートナーとして隣に立てば、さて周りの目には私たちの関係はどんなふうに映るだろうか……。
つまりはそういうことだ。
こちらを見る周りの、とくにこういった話題に目が無い御婦人方の視線の生暖かいことと言ったら……。
噂がへたに広がったらどうするのか。私はもとより彼にだって迷惑がかかると言うのに。
……といったことを一応お父様に聞いてみたのだが。
「ん? 何も可笑しなことはないよ? 私はただ“友人の息子”に“娘のパートナーになってくれないか”と頼んだ
と返された。
つまり、「てめぇらが勝手に勘違いして盛り上がってるだけだろ?」ってことですね!
さすがお父様。ちゃっかり被害が出た時のことも考えていらっしゃる。
アヴィリアは大人の遣り口を見た。
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