第4話 きみが呼ぶなら
しかし、私はそれで良いとしても彼のほうはどうなのか。その手の煩わしさは嫌がるタイプだと思うんだけど……。
気になってちらりと隣に立つ彼の顔色を窺っていると、彼同様パーティーが始まってからずっと近くに張り付いてくれていた親友が「気にするな」と言わんばかりに手を振った。
「ふざけた虫けらなんぞ、寄ってこないに越したことないわよ。うちの兄でよければ存分に使ってやって」
「セシルまで……」
「せっかくの記念パーティーなのよ? 煩わしく過ごすなんて損よ、損!」
確かにそうかもしんないけども……。
相変わらずお兄ちゃんの扱いが雑な親友はシンプルながらも華やかに着飾ったドレスとは不釣り合いな仕草で手に持っていたアイスハーブティーをぐびびっと勢いよく飲み干した。
今回用意された会食の中には、『ハーバル・ガーデン』で取り扱っている商品も多く用意されている。
まだ手にしたことがない人にも気軽に手を伸ばしてもらえるようにである。そして目指せ新たな客ゲット。むふふ。
そんなことを考えてほくそ笑んでいたら、同じようにあちこちで挨拶をしていたお父様が近づいてきた。
「アヴィリア、ウェルジオ殿。まもなくダンスタイムが始まるよ。準備はいいかい?」
「はい」
会場に呼ばれていた楽団がそろそろと準備を始め、それを見た周囲の貴族たちがホールの中心を開けるようにして壁際に寄って行く。
いよいよ本日の一番の見せ場。ファーストダンスの始まりだ。
「ほら、始まったわよ。お兄様、ご自分の役目は分かってらっしゃいますね。しっっかり周りに見せつけてやってくださいまし!」
隙を見て声を掛けてやろうなんて戯けたことを企んでいる蛆虫共に格の違いというものをね。
「ははは……」
ボソリと付け加えられた言葉に含まれる毒に乾いた笑いが漏れる。実の兄が顔を覆って天を仰いでいるというのに本人は戦場を前にした武士のような顔つきだ。たくましいを通り越してもはや恐ろしささえ感じる。
その戦場に行くのはあなたではないのだけど……?
「はぁ……、行くか」
「ふふ、はい」
差し出された手をとれば、流れるように自然なエスコートでホールへと。
さすがウェルジオ様、実に堂に入っている。
シャンデリアの明かりが照らす中、穏やかに流れるワルツに合わせて踊り出す。
ウェルジオのリードに沿ってステップを踏めば、羽が生えたのかと錯覚してしまうほど軽やかに体が動き、鮮やかなドレスがふわりと翻る。
そんな私たちの姿を会場中の皆が見ていたけれど、そそがれる視線も気にならないくらい、ウェルジオとのダンスは楽しかった。
(ああ、そういえば……)
何度目かも分からないステップを踏んだ後、私はふと思い出した。
そういえば、去年の誕生日もこんなふうに。同じ曲で彼と踊ったな、と。
***
「ふう……」
「さすがに疲れたな」
そう言って冷たいドリンクを差し出す彼に小さく笑ってバルコニーの手すりに寄りかかった。
優しく色づいた木々を揺らす春の夜風がほんのり火照った肌を冷やして気持ちいい。
「今日は本当にありがとうございました」
「別に。伯爵の言う通り、僕がパートナーを務めてたほうが都合がいいからな」
「でもウェルジオ様、あまり騒がしいのは好きではないでしょう?」
「どちらかといえば無言の視線の方が鬱陶しかった……」
「それはまぁ、確かに……」
近づきたくても近づけないがゆえのものなのか。ホールにいる間、じとっした視線がずーっとついて回った。
つい最近、世間的な脚光を浴びたばかりの彼は私にとって十分な虫除けになるのと同時に、貴族の注目の的でもあった。
そそがれる視線の中に嫉妬じみたものがあったのは絶対気のせいじゃない。
よしとけばいいのについ気になってその先をちらりと見て、その先にめちゃくちゃ綺麗なお顔をしたご令嬢がめちゃくちゃ歪んだ形相で私のことを睨みつけていたのを見つけた時は背中に嫌な汗が流れた。
(女性から嫉妬の視線を向けられるとか……。さすがにはじめてだわ)
しかも原因は男。前世でも今世でも初めての経験。ちっとも嬉しくない。
それに加えて見守るようなご婦人方のやたら生温かい視線も始終そそがれるわけだもの。
さすがに精神の疲労が半端ない。どうやらそれは彼も同じらしかった。
「だが、こうして話せる時間が取れたのはちょうど良かった」
「はい?」
「レグから預かってきたものがある。誕生日プレゼントだそうだ」
そう言って私の手のひらにポトリと落とされたそれ。
プレゼントと言う割には包装も何もされていないむき出しの状態だが、何よりも気になるのはそれじゃない。
両手の上に乗るほどの大きさの長方形。その下部分には数字の書かれたボタン。上部分には明らかにスピーカーと思わしきものが付いている。
ワタシ、コレ、シッテル。
「あ、あの、こここれ、は……?」
「レグが作った新しい発明品だ。なんと言っていたか……、確かトラン、シーバ?」
やっぱりな!
「登録されている番号を押すと相手の持つ機械と繋がって、離れていても会話を可能とする為のものらしい」
知ってますとも。
「本人は会話だけでなく手紙のような文章も送れるようにしたかったらしいが、さすがにそれは難しかったらしいな」
それはもはや携帯の域。
「距離的にも今はこの王都内で精一杯なんだそうだ」
「そ、そうですか……」
それでもすごいことだけど?
ウェルジオの話によれば、これは本人的にもまだ試作段階らしく、ゆくゆくはそれらの機能も兼ねそろえて行きたいとかなんとか。……本気で作る気か、携帯を。
今はまだ私含め、レグとウェルジオ、セシルの数人分だけだが、今後の為に使い心地を確かめて欲しいらしい。
最終的には勿論、国民普及が目標のようだ。
レグの進化は止まらない。一体あやつはどこまで行く気なのだろうか……。
「ではセシルともいつでもお話できるんですね!」
「ああ……」
しかし、そこは単純に嬉しいので、もらえると言うならば喜んで受け取りたい。
だが喜ぶ私の反面、彼はやけにげっそり顔だ。
「どうしました?」
「いや、これを作るための実験に散々付き合わされたからな……。療養中の気晴らしとか言ってたが、あれは絶対自分が楽しんでただけだな……」
まるで不眠不休を繰り返した公務員のように心底疲れきった顔。
前世でたまに見かけたなぁ、こういう顔した人。
都合よくレグに使われたのか。相変わらず気の毒な人だ。
これは大事に使わねばなるまい。
このトランシーバーは工具屋の爺さんの汗と涙と努力。そしてウェルジオの心労の結晶で出来ている。
「これがあれば、手紙などよりずっと早く連絡を取り合うことができる」
不意に、彼の声音が変わった。
視線を上げれば、とても真剣な顔をした彼と瞳がかち合う。
「伯爵も付いてる。父上も協力は惜しまないと言ってくれている。何も心配することはないと思うが……。……何かあったら、いつでも呼べ」
「あ、」
「一応、命の恩人だからな」
「君も、あの鳥も」とそっけなく言い放って、ふいっと視線を外す。
綺麗なアイスブルーの瞳は見えなくなったけれど、そっぽ向いた彼の耳元はよく見えた。
夜の灯りの中でもはっきりと、赤く色づいたそれが。
ピヒヨが不死鳥だったことは彼も当然知っている。私がその主となったことも。
彼は彼なりに心配してくれていたのだろう。
精霊の主という、希少な存在になってしまった私のことを。
(本当に、優しい人)
関わり始めた頃は、その嫌味ったらしい態度に苛立ったこともあった。
年相応の態度には微笑ましささえ感じたことも。
ほんのちょっと前までは、必死に背伸びをしているような、可愛げのある『男の子』だった彼は。
「それなら、私は何も恐れることはありませんね」
いつの間にか、こんなにも頼もしい『男の人』になっていた。
「ウェルジオ様がいてくださいますもの」
だからこそ今は、お世辞でもなんでもなく。心からそう思える。
不安になることなんてない。
私は絶対、大丈夫――――――――。
***
後日。
アヴィリアは早速トランシーバーを使ってセシルとの楽しいおしゃべりを楽しんだ。
『ウェルジオ様ってば最近特に凛々しくなられた気がするわ。やっぱり功績を残されたことで心象が変わったのかしらね?』
「…………」
スピーカーの向こうから聞こえてくるアヴィリアの明るい声にセシルはお互いの顔が見えない状況で心底助かったと思う。
きっと今の自分は、このなんとも言えないヤバい奴を見るような顔を隠すことができなかっただろうから。
(違うわアヴィ。それはアピールよ……)
相変わらず男心には微塵も気付いていない。仮にも次期国王の右腕とも言えるような男なのに。世の令嬢が目の色変えて飛びつくほどの男から立派に矢印向けられていると言うのに。
(何故気付かないの!? あんなにわかりやすいのに!)
案外兄の一番の強敵は伯爵様でも小鳥様でもなく、想い人ご本人かもしれないと言う事実にセシルは本気で頭を抱えた。
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