第52話 精霊の愛する一等星

 


 始まりは遥かな昔――――――。

 数多の精霊に愛され、その寵愛を一身に受ける者がいた。


 彼女の名は、アステル・フォーマルハウト。

 この世に生を受けたその瞬間から、精霊の声を聞き、心を通わせ、精霊と共に在った『精霊の愛し子』。

 彼女が笑えば精霊は喜び、彼女が泣けば精霊も悲しみ、彼女が幸せでいてさえくれれば、精霊はそれだけで幸せだった。


 やがてこの地に国を創り、女王となったアステルの周りには、常に沢山の精霊たちが溢れ、大きな力になったと言う。


 ときには恩恵を。ときには災厄を祓い。この地はいつも精霊に護られてきた。


 何十年何百年とそうして時代が流れて行く中、アースガルドではごく稀にそういった力を持った子供が生まれることがあったという。


 精霊に愛されし国『アースガルド』。

 その中に住む精霊の寵愛を受けた愛し子たち。


 彼らはいつしか初代女王にして愛し子、アステルにあやかり、「フォーマルハウト精霊の愛し子」と言う名で呼ばれ、国の大切な宝として重宝されるようになる。



 ――――けれど、長い長い時の流れの中、その「フォーマルハウト」は少しずつ少しずつ、数を減らしていき、それに比例するように、精霊たちもまた、徐々にこの国から姿を消していってしまった。



 かつては隣人のように寄り添っていたその存在も、現在では完全にその形を失い、今となっては伝承の中でだけ語り継がれるお伽話のような存在になってしまっている。




 けれど、忘れるなかれ。愛されし国アースガルドの子供らよ。

 彼らは決して消えたわけではない。今も尚、この世界の中に在り続けているのだということを。


 私たちがただ、気づいていないだけで……。




 ***




 空気が重い、というのはこの部屋の扉を開けたときから感じていた。

 メイドに連れられて招かれたバードルディ家の執務室。そこではお父様と公爵様の二人が既に待ち構えていて、お二人の表情には穏やかさの欠片もなくひどく強張っていた。


 それだけで、語られる話が決して軽いものではないのだと察せた。


「さて、アヴィリア。なぜ私たちがこのような話を君にしているのか…………。分かっているね?」

「はい」


 口調は意外に落ち着いていた。

 視線を下に落とせば、膝の上にはいつもと同じように小さな桃色の小鳥の姿がある。


 いつのまにか、普段通りの姿に戻っていたピヒヨ。くるりと丸まってきょとんとした顔でこちらを見上げてくる姿は本当にただの小鳥のようにしか見えないけれど…………。


「お二人は、気づいていらっしゃったのですね。 ――――――ピヒヨが精霊だって」


 思えば、この子の周りにはいくつもの不思議が溢れていた。


 人の言葉を完全に理解している知能の高さ、振る舞い。

 ヴィコット家の温室だけ異様に育ちのいいハーブ。

 瀕死であった状態のウェルジオを癒すことのできる治癒能力。


 もはや魔法といっても過言ではないそのような現象を引き起こせる存在など、この国では答えなんてひとつしかない。

 先ほど見た、あの姿。

 まるで炎をまとっているかのような鮮やかな朱色の体躯と涙で傷を癒す霊鳥…………とくれば。


「おそらく、不死鳥の子供と見て間違いないだろう……」


 あの場にいた、あの奇跡を目の当たりにした人間はきっと気づいている。セシルとレグも気づいたはずだ。

 今思えば、剣術大会でウェルジオの傷の治りが異様に早かったのも、きっと。


「お父様は、いつから……?」

「君がその小鳥を連れてきたときからだ。その子の持つ雰囲気は明らかに普通の小鳥とは違っていた。けれど、確証もなければ証拠もない。だが仮に本物だとするならば、公にするべきではないと判断して、告げることはしなかった。君の身の安全を考えるなら尚更だ」


 お父様の懸念はもっともだ。いつの世も、稀有な力を持つ存在というものは人目を引くものだ。

 フォーマルハウトが生まれなくなって数百年。

 精霊がこの地から姿を消して数百年。

 再び精霊と共に在ることの出来る存在が現れたとなれば、世間は決して黙ってなどいないだろう。

 欲に目がくらんだ良からぬ存在だって、現れるかもしれない。


「お二人は、私がそのフォーマルハウトだと?」

「いや、それはないだろう。現にピヒヨ以外の姿は少しも見当たらない。たんに、ピヒヨが君に懐いているというだけだ」


 ほ。よかった、それを聞いて安心した。

 そんな過ぎた力なんて私には不相応だ。そういうのはファンタジーなラノベヒロインが持つべきものよ。うん。


「本当に、それだけは助かった……。もしそうだったら今頃我が家は数多の精霊たちで溢れかえってごった返していたところだ……」


 待ってそれどーゆーいみ……?

 公爵様もうんうんと頷いてないで説明してくださいませ。

 何、フォーマルハウトってそんななの……?

フォーマルハウト精霊の愛し子』じゃなくて『フォーマルハウト精霊ホイホイ』だと? つまりそういうこと?


「なんせ王城に残されている記述も数百年も前のものだからね、それに関しては不明瞭な部分も多いんだが……」

「彼らの残した偉業についてはいろんな記録が残っているよ。一晩で荒野が森になったとか、年中畑が豊作だったとか、夏に雪が降ったとか、侵略を企んだ何処ぞの国が一晩でまるっと消失したとか……」


 待って最後。


「ありがたくも精霊様ご本人が書き留めたと思われる書物の記載によれば『僕たちの愛し子に手を出すやつはヌッ殺。』」

「こわっ!!」

「しかしそのおかげでフォーマルハウトが存在した時代は一切の災厄も起こらず平和が約束されると言われているのもまた事実」

「それ物理的な意味で言ってません?」


 何なの、精霊はみんな脳筋なの? 知ってる例がピヒヨしかいないからわからないわ……。うちの子が可愛い小鳥で良かった。


 若干遠い目でそんなことを考えていた私は、その唯一の例こそが常に物理くちばしで語る脳筋派だということをすっかり失念していた。


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