第53話 その者、取り扱い注意につき!
「ですが、今まで何の変化もなかったというのは何故でしょう? この子を拾ってから一年以上経つのですが……」
「それはおそらく君たちの間に正式な契約がなかったからだろう」
「契約」
おおぅ、なんかファンタジーにありがちないかにもな言葉が出てきたぞ。
「人と精霊は契約を交わして始めて本当に結ばれる。必要な手順はふたつ。精霊に名を与えること、そして主となる者の一部を摂取すること。これらを為すことで契約は成立する」
「名前と一部……」
ピヒヨの名前は随分前に与えていた。そして私の一部、と聞いて思い出したのはこの子の姿が変わったつい先程の出来事のこと。
あのときの私は、今にも消えそうな生命に怯えてボロボロと涙を流していた……。
なるほど、あれか。
「精霊は滅多なことでは人間と契約を交わしたりはしない。それこそ本能的に愛するフォーマルハウトでもない限り。ピヒヨが君との契約を望んだのは、この子が本当に君を好いているから……。君が、ウェルジオ殿を救いたいと、心から望んだから、その想いに応えたかったのだろう」
「あ」
そうだ。あのとき私は確かに願った。彼が生きることを。
呼吸が止まってしまうことを、彼の心臓が止まってしまうことを何よりも恐れた。
嫌だ嫌だと、ずっと叫んだ。心の中で。
「ぴぃ?」
そう。あなたは。
そんな心の叫びを拾ってくれたのね。
声に出すことも出来ず、動くことも出来ずにいた。そんな私の声を。
……でも、それってちょっと、なんて言うか……。
「――――〜〜っっ」
カッと全身に血がのぼった。
だってそんな。想いに応えたって……、想いに応えたって何よ。なんか改めて考えるとめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
(いやいや考えすぎよ。別に恥ずかしいことじゃないわ、友達を大事に思って何が悪いの当たり前のことじゃない。照れることないわよ普通のこと、普通のことなんだからっ!!)
熱を振り払うように真っ赤に染まった顔を思いっきり振る私は、そんな様子を見て不愉快そうに顔をしかめるお父様とことさら嬉しそうに顔を緩ませる公爵様がいたことには気付かなかった。
「アヴィリア」
「はい」
静かな声で名を呼ばれ顔を上げれば、強張った面差しの父と視線が絡み合う。
「これから先は今までとは違うよ。正式に契約を交わした以上、君はピヒヨの、不死鳥の主ということになるんだ」
「…………」
「心しなさい。平穏に、普通に生きていきたいのなら」
かけられる言葉が、重い。
それほどに慎重にならなければいけないものなのだ、精霊の主になるということは。
わずかな話を聞いただけでもわかる。
主を想って動く精霊。それは言い換えれば、主の意向でどうとでも動いてくれるということだ。国ひとつをまるっと消してしまうほどの力を持った者たちが。
人によっては喉から手が出るほどに欲しいチカラ。
そんな人たちに自分やピヒヨの存在が知れたらどうなる。きっと良いように利用される。己の欲のままに。
あるいは金儲けに、あるいは政治的に。あるいは……。
(戦争の道具……)
ヒヤリとした悪寒が背中を走る。
もし、もしも本当にそんなことが起こったとしたら、私にいったい何ができるだろう。
私に、この子が護れるだろうか。
「ぴ?」
押し寄せてくる不安に知らず震えていると、大きな腕が力強く私を抱きしめた。
「アヴィリア、大丈夫、大丈夫だ。君が不安に思うようなことには絶対にならない」
「お父様……」
安心させるように、恐怖に怯える子供の頭を優しく撫でてくれる父の手はとても大きくて温かくて。不思議と安心することが出来た。
視線を上げれば公爵様も力強く頷いてくれる。
なんて、ありがたいのだろう。
こんなにも頼りになる人たちが自分の周りにいてくれる。自分は本当に、どれだけ果報者なのかと心が暖かくな
「そもそも君を害そうなどと考える輩が現れたときには、それこそピヒヨが黙ってないだろうからね」
「子供とは言え不死鳥だ。コロリと殺られるのがオチだろう」
「火だるまにされて終わりかな」
「かわいそうに。きっと骨も残らんぞ」
待ってお父様、娘の感動を返して。
「まあ、幸いなことに君の言うことは聞いているようだし、君がしっかり手綱を握っていればさほど大事にはならないだろう。………………まぁ、うん。多分」
「すみません安心できません」
手綱て。多分て……っ!
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