第40話 作戦会議はため息とともに

 


 ――――――――ぞわわっ!!



「――――〜〜っ!?」

「どしたの、ジオ?」

「……いや、なんか知らんが、背筋に悪寒が……」


 王都を立って数日。ウェルジオ率いる討伐隊は無事、森の民の住まう集落に到着した。


 木造建築の小ぶりな一軒家が並ぶ小さな村でウェルジオたちを迎えたのは、ルーカスと名乗る初老の男性だった。

 彼はこの村名産の木工品を外に売り歩く商売人で、ヴィコット伯爵家との繋がりを結び木工品の注目度を格段にあげることに一役買った人物らしい。


 彼に案内されて通されたのは、村の中心に建てられたこの村唯一の集会場。

 簡易的な椅子とテーブルだけが設えられたその場所で、詳しい説明を受けるべく責任者の到着を待っていたウェルジオは、突如得も言われぬ悪寒に全身を襲われた。


 そう、あえて言葉にするならば、アヴィリアが関わったときにセシルが浮かべる笑顔の威圧を真っ正面から受けたときのような…………。


 思わずキョロキョロと辺りを見回し妹の姿を探してしまうが、当然ながらいくら探したところであるはずはない。


 この時点でウェルジオはすこぶる嫌な予感がした。この手の予感は嫌と言うほど外れないから余計にタチが悪い。


 度重なる不運によって感性が磨かれたとも言うが。


(早々に解決して帰ったほうがいいかもしれないな……)


 雪が積もり始めてからはさすがのセシルもヴィコット邸を尋ねる回数は減ったようだが、その代わりとでも言うようにここ最近は「ノルマ100回!!」とか叫びながら部屋で腹筋をしたり、屋敷の階段をうさぎ跳びで駆け上ったりとかいう行動を繰り返している。


 …………本当に何故こうなってしまったのだろう。

 最愛の妹の姿を思い出してウェルジオは思わず遠い目になった。

 いや昔からそれなりにおてんばではあったけども、さすがにここまでではなかったぞ……? う。思い出したら、胃が…………。


「バードルディ様、お待たせいたしました」


 最近ではすっかり常備薬と化してしまった胃薬をこっそり懐から取り出していると、ルーカスに連れられて数人の村人が姿を現した。


「王都からよくぞいらしてくださいました、村長のトマスと申します」

「初めまして、今回指揮を取らせて頂きます、ウェルジオ・バードルディです」


 村人を代表して一人の老人――――――村長のトマスが挨拶をし、ウェルジオと握手を交わす。


 各々簡単な挨拶を済ませれば、話題はすぐさま本題へと突入した。


 周囲の森を細かく書き記した地図をテーブルの上に広げ、よく見えるように周りをぐるりと囲む。

 所々赤いバツ印が付けられたソレを見ながらウェルジオたちは状況の説明を受ける。


「熊が最初に目撃されたのは、この辺りです。目撃者の話によると体長は2メートルほどで赤味がかった黒毛のものだったそうです」

「被害はどれも夕刻から明け方にかけてで、夜の闇に紛れて動いているようです」


 全体が黒いせいで夜の闇に溶け込まれると目でも捉えにくく、近くに接近されても気づきにくい。

 集落を囲むように鈴を仕掛け耳を澄まし、明かりを消してひっそりと朝を待つ。そんな状態が続いているらしく、村の女子供はすっかり気が滅入ってしまっているらしい。


「どうして火を消すんです? 動物っていうのは火を怖がるものじゃないんですか?」


 疑問を口にしたレグに答えたのはウェルジオだ。


「全ての動物がそうというわけじゃない。とくに熊みたいに頭のいい動物は明かりを目印に寄ってくる場合もある」

「そのとおりです」


 ウェルジオの言葉に頷いたルーカスの顔には、隠しきれない疲れが見えた。

 トマスはじめ、この場にいる村人たちの顔には皆同じく疲労が浮かんでいる。


 冬のさなか、火をろくに灯すこともできずに朝を待つことがどれほど酷なことか。


(これ以上寒さが増してしまえば、凍死者が出る可能性もある……)


 その前に片をつけなくては。


 ウェルジオは気持ちを鼓舞するように腰に下げた剣の柄を固く握った。


「動くのは夜、か」

「確実に仕留めるならば、餌でおびき寄せるのが一番かと思いますが……」


 ルーカスたちの情報をもとに作戦を決める。

 日の高いうちは向こうも行動を自粛しているらしく姿を見せないので、作戦の決行は夕刻、日が沈み始めてから行うことに決まった。


「日が暮れるまでは待機か。それまでにできるだけ体力を温存しないとね」


 むん、と意気込むレグにウェルジオは問いかける。


「本気でついてくるつもりか?」

「もちろん。そのために来たんだからね」


 ここまで来て大人しく待っているような性格ではないと理解しつつも、ウェルジオとしてはこのまま村で帰りを待ってて欲しいというのが本音だ。


「心配しなくても無茶はしないよ、ジオたちのサポートに徹するさ。そのために使えそうな発明品たっくさん持ってきたんだしね〜!」


 ふんふんと鼻歌まじりに持参した荷物の中からあれこれ吟味し始めるレグの姿にウェルジオはまた胃がしくしくと悲鳴をあげ始めるのを感じる。


 彼が考案した『太陽光充電ソーラーパネル式アイテム』は確かに素晴らしい。

 最近ではそれ以外のものにも手を伸ばしているらしく、王都からこの森に到着するまでの道中でもレグ考案による発明品の数々は大いに役立ってくれた。


 温かい食事が食べられて、温かく眠りにつくことができる。それだけでも野営をする兵士たちには十分だ。

 おかげで兵士たちのモチベーションは維持され、長時間の移動による身体的疲労以外にこれといった問題点もなく、この森までたどり着くことができた。


 確かに役に立った。それは認めよう。癪だが認めざるを得ない。

 だがしかし残念ながらそれだけで終わらせないのがこの男のこの男らしいところである。


 ほんの数日間の短い時間だったにも関わらず、やたら中身の濃い、それでいて胃薬の消費が半端ない旅路だった。旅による疲れはそれほどなくとも精神的な疲れがやたら蓄積した。

 だというのにその提供者様はそんなことどこ吹く風とでも言うように、持参した発明品を広げ、のんきに村人たちに使い方をレクチャーしている。


 ウェルジオは何とも言えぬやるせなさにため息を吐いた。

 これで本日何度目だ。討伐はこれからが本番だというのに、すでに大量の幸せがはるか遠くへ飛び去っていってしまった気がする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る