第39話 とある少女は先を見据える
『ウェルジオ・バードルディ。
伝統ある剣術大会の歴史に最年少優勝者として名を刻んだ彼は、同年の冬、国境付近の森で住民が熊に襲われると言う事件が起きたさいに、その終息に自ら向かい、一人の犠牲者も出さずに事態を収束させることに成功。
その功績を認められ、国王陛下直々に勲章まで授かることになる――――――』と。
「うん。原作どおりの流れね」
兄、ウェルジオが兵士たちと共に王都を立ったその夜。
バードルディ邸の自室で私、セシルは“これから”のことを考えていた。
「この熊事件は原作の設定的にも大事なのよね。この事件を終息させたことがきっかけで、お兄様は正式に第二王子の側近として任命されるんだから」
アヴィリアのビフォーなアフターは周囲にも大きく影響を与えてくれた。
そのおかげで両親はもとより、屋敷の使用人たちとの仲も良好。彼女の作るハーブ商品には多くの人が注目し、周囲の人間からの『アヴィリア・ヴィコット』に対する評価も徐々にアップしている。
「とくにお兄様の認識が変わったことは大きいわ」
当初はこの男まったくどうしてくれようと思ったものだが。
(まさかあんなふうに変化するとは思わなかったけど!)
むふふ。嬉しい結果に思わず口元が緩む。
意地っ張りなヘタレ男は決して認めようとしないが、そんな男の心情は端で見ている者からすればモロバレだ。何せすぐに顔に出る。
(これなら、最悪の結果だけは回避できるはずよ)
今の兄が、アヴィを傷つけるとは思えない。
現に、飛んできた弓矢から実際に彼女を護って見せたんだもの。きっと大丈夫。
「…………やっぱり、原作の土台が出来上がるとしたら社交デビューしてから、よね?」
自分の目的はアヴィリア・ヴィコットの存命だ。そのためには原作のストーリーに関わらないことが一番いい。
原作の舞台は王城。そして彼女は後宮に住む后候補の一人。
「たしか……、病気がちだった第二王子の容態が悪化して……、世継ぎ問題に焦った周りが急いで国中にお触れを出した、んだったような……」
いくら大好きな作品だったとはいえ、実際に読んでいたのはもう十年以上前。そんな細かな設定まではさすがに覚えていない。
ああもう私のバカ! なんで詳しくメモって残しておかなかったのよ!!
いくら脳内で過去の自分に向けて拳を振っても全ては後の祭りだ。過去は変えられぬ。
「今のところ、そんな話し聞かないけど……」
相手は王子。情報が黙されている可能性はある。とにかく、後宮の話題が世間に出てきたら注意が必要だ。
今のヴィコット伯爵が原作のようにアヴィリアをやすやすと後宮に押し込むとは思えないけれど。念には念を、だ。
「お兄様がさっさと自覚して認めてくれればここまで悩まないのに!」
兄の彼女に対する秘めた想いを知ったときは、驚きながらも喜んだのと同時に、このまま形になってくれればと密かに期待した。
次期バードルディ公爵という肩書きを持つ兄の婚約者ともなれば、そもそも後宮入りの話事態が来ないだろうし、何より兄の、『ウェルジオ・バードルディ』の実力は自分がよく知っている。
兄はそう遠くない未来、第二王子の側近として、国でも三本の指に入るほどの腕を持つ騎士としてその名を世間に知らしめることになる。
それほどの実力者が誰よりもそばで、一番近くで、彼女を護ってくれるというのなら。こんなに心強いことはない。
だというのに肝心の兄はヘタレな上にとんでもない意地っぱり。
そばで見ていてモロバレなくらい隠しきれていないのに、意地でも自分の気持ちを認めようとしない。
そのせいで肝心のアヴィからはちょっと生意気な男の子呼ばわり。まったく男として意識されてないときた。
(知らないから! 後宮入りになって永遠に手に入らない存在になっちゃっても!)
後宮に入るということは、王の后候補になるということだ。当然他の男と関係を結ぶなど言語道断。
そうなったとき、行き場のなくなった想いに打ちひしがれる兄の姿が目に見えるようだ。
「そうならないためにも、やっぱあのヘタレをなんとかしなきゃダメね……」
兄には是非ともあの人を口説き落としてほしい。
後宮入りフラグは潰れるし、兄によるアヴィリア惨殺フラグもなくなるし、彼女の安全面も安泰。家柄的なことを考えても二人の婚約は良縁。
さらにさらに、そうなれば彼女は私の義理の姉。れっきとした家族の一員になるのだ。何という素晴らしき未来図。天国はそこにある。
(帰ってきたら、またレグと相談して色々焚きつけてやりましょっ♪)
むふふふふ。
この事件が早々に解決することは知っている。
兄が帰ってきたらまた色々楽し……コホン。忙しくなることを考えると、私はこみ上げてくる笑みを止めることはできなかった。
……あ、一応言っとくけど。もちろん彼女の気持ちを無視するつもりはないわよ。大事なのは彼女の気持ち。あの人が幸せなのが一番。
妹として兄を推したい気持ちは山々だけど、仮に彼女に誰か想う相手が出来たというのなら百歩譲って涙をのんで認めてやるつもりではいるわよ、ええもちろん。
ただし私より弱い男は不可。アヴィを安心して任せられる男であること。これが必須条件よ。
まあもっとも? 仮に私を納得させられたとしても、そのあとには娘溺愛なお父上様とアヴィに近づく男は抹殺あるのみな小鳥様が待ち受けているんだけどね!
おーっほほほほほほほほほっ!
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