第38話 出発にむけての一騒動
「ジオ、俺もついて行くことにしたからよろしくね☆」
「は?」
熊活動中につき速やかに退治してくだされとの知らせを受けた王国騎士団は早急に討伐隊を組み、あとは準備が整い次第すぐさま出発……、となっていたところで親友の口から軽やかに語られた言葉はウェルジオの思考を見事に停止させた。
「俺もついて行くことにしたからよろしくね☆」
「聞き間違いじゃなかった!?」
「さぁいざ行かん熊肉を求めて! レッツハンティーング!!」
「ば……っ、お前熊がどれだけ危険な生き物かわかってるのか!?」
「味の特徴としては旨味と甘みが強いんだよね。滋養効果が高くて身体を温める効果もあるからこれからの時期にピッタリだよ。さらに女性が大好きなコラーゲンもたっぷり。いやぁまさかこんなところでこんな高級食材にありつけるとは思わな、いっでえぇーーっ!!」
「食材としての価値を聞いてるんじゃないわっ!!」
思わず腰に下げていた剣を振りかぶって思いっきり殴りつけてしまっても無理はないと思う、とウェルジオは供述させていただきたい。
そもそもこの親友はこの程度でへこたれるような可愛げのある性格はしていない。
「冗談だよ、熊に襲われている民を助けに行くんでしょ?」
「そんな簡単な話じゃないだろう!? お前ちゃんとわかってるのか!? 自分がどれだけ……」
「わかってるよ。気軽にそんなことできるような身分じゃないってことは。……ちゃんと分かってる」
突然変わった声色に、ウェルジオは思わず口をつぐんだ。
「ジオみたいにしっかりした訓練受けたわけじゃないし、剣が使えるわけでもない……ていうか俺、才能なしの太鼓判を押されちゃってるしね」
レグとて、剣術を学ぼうとしたことはあった。
けれど悲しいかな。身体は丈夫になったものの、レグの身体は一向に筋肉がつかなかったのだ。そのために重量のある剣を持ち続けるということが難しかった。
これはもはや体質によるもので、本人の努力で補えるようなものではなかった。
「…………ジオ、俺はね。宝石箱の中に大切にしまわれてるだけの宝石でいるつもりは、さらさらないんだよ」
はっきりと紡がれるその声に、いつものおちゃらけた感じは微塵もなく。
真っ直ぐに射抜いてくるその瞳から、ウェルジオは視線をそらすことができなかった。
「分かってるんだ。
普段は斜め上の行動ばかりして周りを混乱させることの多いレグだが、意外に周りのことをよく見ているし、己に対する自己評価は意外に的確だ。
自分に出来ることと出来ないことを正確に判断する。
「それに、いざってとき自分の身を守れるようにって作ってたものもあるしね。熊退治にもきっと役に立つと思うんだ。何の考えも備えもなしについて行こうってんじゃないよ」
才能なしの太鼓判を押されて、レグは剣を握ることはきっぱりと諦めた。けれど、だからといって鍛えることを諦めたわけではない。レグはむしろ諦めは悪い方だ。ではどうしたか、答えは簡単。
『剣を持てないなら他の武器を持てばいいじゃない!』これだ。
地球の偉人は上手い言葉を遺したものだとつくづく思う。
「だからと言って! ヴィコット邸を尋ねるのとは訳が違うんだ、許可なんて降りるわけ……」
「ところがどっこい。はいコレ父上からの手紙、ジオ宛て」
「は?」
いくら本人が訴えたところでそれが許可されなければ何の意味もない。
内容が内容だけに、さすがに今回ばかりはどうあがいても無駄だろうと高をくくっていたウェルジオの心は、レグが懐から差し出した手紙にヤケクソ気味に殴り書きされた内容によって粉々に打ち砕かれた。
『うちのバカ息子をよろしく頼む。』
「もふもふパニック大騒動がよほど堪えたみたいだねー」
「他人事みたいに言うな元凶っ!!」
ちなみにもふもふパニックとは、レグが見張りの目を欺きヴィコット邸へと向かうために、馬小屋や鳥小屋と言った動物小屋の鍵を片っ端から開け、中にいる動物たちを外に放ち上を下への大騒ぎへと発展させたことである。
確かにあれは大変だった。
放たれた鳥によって洗濯物が汚されたとメイドたちは怒りだすわ、走り回る馬たちによって整えられた花壇は踏み荒らされるわ。敷地のあちらこちらには“落とし物”が残されるわで……。
むしろ逃げた動物を捕獲するよりもその後の後始末のほうがよっぽど大変だった。むしろ捕獲自体は比較的早めに解決している。功労者たちは「世界が誇る捕獲術を会得しておりますので!」などと証言している模様。それがいったい何を目的に得たスキルなのかは推して知るべし。
「でもこれで文句ないだろ?」
「ぅぐぐ……っ!!」
そして全ての元凶とも言うべき人間はこの笑顔である。
そろそろ本気で殴ってもいいと思うマジで。
しかし悲しいかな、この男と友好を結んで早数年。ウェルジオは一度も口で勝てた試しはない。アースガルドが誇る筆頭公爵家の次期跡取りとしてそれなりの教養はつけてきたし力だって鍛えてきた。なのに残念なことにこいつに関しては毎度敗北感しか感じない。それが純粋な勝負による結果ならば、悔しいながらも受け入れることはできるのに、毎度毎度予想の斜め上からのダイレクトアタックを叩き込んでくるものだから、そのたびに頭だの胃だの色々なところが痛みを訴えてくる始末だ。何故十代の身空で胃薬の世話にならにゃならん。
しかしそうは思いながらも、途中で投げ出したりすることはせず結局なんだかんだ最後まで付き合ってしまうのだからウェルジオも結局はただのお人好しだ。
「……はぁ、好きにしろ」
「やったね! よっしゃ待ってろ俺の高級食材!」
「熊退治だ! 目的を見失うなよ目的を!」
「やだな、わかってるよ。あくまでついでだよ。つ、い、で」
本当だろうな。
脱力したようにため息が漏れるも、レグと話したことによってさっきまでわずかばかり緊張していた肩の力がごっそり抜け落ちていることに気づく。
それがまた完全にやつのペースに乗せられた結果のように思えて、毎度のごとく敗北感を覚えるのだ。
「レグ」
「うん?」
それでも、自分のやることはひとつだ。
「僕のそばを決して離れるなよ」
この男は、僕が護らなければ――――――。
「ジオかっこいいー……、なんでそれ女の子に言えないの? うっかりときめいちゃったじゃんか」
「そんなつもりで言ったんじゃないわっ!!」
本日二度目の剣を振りかぶった僕はけっして悪くない。
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