第14話 プロポーズはから揚げで

 


 それは『ハーバル・ガーデン』の開店からしばらくたち、平穏な日常が続いたある日の一幕。


 すべての始まりは、異世界にまさかのコロッケを生み出した我がヴィコット邸の厨房でおこった。


「すごーい! どうしたのこれ!?」


 今日も今日とて屋敷の厨房にお邪魔した私は、調理台の上に乗せられている数羽の鳥を見て思わず声を上げた。


「おお、こりゃあ大量だな」

「いやぁ」


 料理長の言葉に照れたように頭をかくのは、厨房で働く料理人の一人。

 まだ若いけど体力とガッツがあり、なかなかに将来有望だと料理長が太鼓判を押す人物。


「昨日の休み、久しぶりに狩りに行ったんすけどね。久しぶりでノリにノっちまいました」

「狩りをやるの?」

「田舎出身なもんで」


 自給自足は基本なんですよ、と笑いながら弓を引く動作をする。

 弓を使って狩りとか……、すご。


「どうやって食うかな?」

「焼く? 煮る?」


 鳥を前に色々意見を出す料理人たちを尻目に、私はムズムズする気持ちを抑えきれず声を上げた。


「料理長! よかったら私にも一羽くれないかしら!?」




 ***




 綺麗にさばいてもらった鳥肉をまずはひと口サイズにカットする。

 ボールの中に醤油とお酒、すりおろした生姜とニンニクを入れてよく混ぜ、その中にカットした鳥肉をいれて味が染み込むようによく揉み込む……。


「ふむふむ、なるほど」

「この組み合わせだけで食が進む気がするわぁ」


「…………ていうか。何故みんなして見ているの?」

「はははっ。いえいえ、普段植物しか使わないお嬢様の料理に興味がありましてははははは」

「ほほほほほ」


 失礼な。まるでそれにしか興味ないみたいに。

 …………そういえば最近はハーブばかりに気を取られてお菓子とか作ってないな……。


「今日のやつは作り方の歌とかないんですか?」

「あれいいですよね! 作り方がわかりやすくて!」


 やめて、黒歴史なのそれ。

 記憶を取り戻したばかりの、子供の姿に浮かれまくっていた頃の私が生み出したブツ。あれから一年以上たつのね。気づけばあちこちに広まっていたそれは完全に黒歴史よ。


 その結果この世界でもコロッケが食べられるようになったのは嬉しいことだけど……。


(今回のも喜んでもらえるかしら)


「お嬢様、油が温まりましたよ」

「ありがとう」


 タレが染み込んだ鳥肉にまんべんなく小麦粉をまぶしたら、温まった油の中にそっと落とす。


 じゅわっと油の揚がるいい音に、思わずごくり、とのどが動いた。



 数分後。



「おいしーーっ」

「なにこれ、うまっ!!」

「あふ、さいっこう!」


 揚げたてのから揚げをハフハフ言いながら美味しそうに食べる様子に、私は誇らしくなる。

 うんうん、そうでしょうそうでしょう。日本の王道食卓メニュー美味しいでしょう?

 から揚げが嫌いな人なんてそうそういないもんね。コロッケもいけるんだからこれも絶対いけると思ったのよ!


「こりゃいい、残りのやつも全部これにしちまいましょう!」

「それは下味に醤油を使ったけど、塩を使って塩から揚げにするとか、香辛料でピリッと辛味をつけるとか、味にバリエーションをつけても楽しめるわよ」


 …………ゴクリ。


 唐揚げを食べていた料理人たちののどが鳴った。


(鳥肉のメニューって言ったらやっぱりコレが定番よね)


 よかった、この世界にもニンニクや生姜が流通してて。醤油のから揚げはそれが命ですからね。


(どうせなら白いご飯とお味噌汁があれば完璧だったんだけどなぁ……)


 さすがにそれは高望みか。







 なんてことがあったのがおよそニ時間前______。


 コロッケに引き続き異世界にから揚げを生み出すことに成功した私は、ホクホクした気持ちで屋敷の庭園へとやってきた。

 今日のように天気のいい日はここでお茶を楽しむことも多い。

 今日のおやつは甘いお菓子じゃないけど、気分はいつも以上にワクワクしてる。なんせから揚げを味わうのは約ニ年ぶりだ。


「ピーピピ、ぴっぴぃっ」

「もうちょっと待ってねピヒヨ。お茶を入れるから」

「ぴぃ!」


 楽しみなのは私だけではない。我が家のペットは肉も食す。

 こみ上げる食欲をそそる香りにさっきからお皿の周りをくるくる飛び回っている。


「今日のお茶はペパーミントにしましょうか」

「ぴぃ」


 大量の油で揚げているから、お供には消化促進効果のあるハーブティーがいい。

 私はテーブルの上にから揚げを置いて、ペパーミントの葉を取りに温室に向かった。



 そしてミント片手にもう一度その場に戻った私は、目の前に広がるまさかの惨状に絶句することになる――――――。



「ううぅ……っ、むぐ、む……、うぇっ」

「………………」


 見知らぬ少年が一人。

 何故だかものすごい勢いでテーブルの上のから揚げを泣きながら貪り食っている。


「うう、むぐむぐ……」


(……え、なにこの状況)


 ここはどこ? 我がヴィコット家のお庭デスヨ? 何故に伯爵家の庭にどうどうと入り込んでいらっしゃる? 何故に泣きながらから揚げをむしゃむしゃと食しになっていらっしゃるので………………――――――――って。


「うおぉい! ちょっと待て!! それ私のから揚げなんだけどーー!?」


 思わず少年の肩を力任せに掴んで振り向かせた。

 少年の驚いたような瞳とバッチリ目が合い、そこで私はようやく我に返る。


(いや今のは令嬢的に完全アウトーーっ!!)


 さすがに今の行動はありえないだろう私。

 ニ年ぶりのから揚げについ我を忘れていつもは隠している素がひょっこり出てきてしまったわ。

 周りに誰もいなくてほんとーに良かった! こんなの人に見られたらさすがに死ねる。恥ずか死ぬっ。


「このから揚げを作ったの、キミ?」

「え、ええ。そうですけど……? 失礼ですがどちら様ですの?」


 おほほほほほほほほ。

 掴みかかった手をパッと背中に隠して、少年の問いに接客の秘技ゼロ円スマイルで笑って答える。

 幸い目の前にいるのは見知らぬ少年ただひとり。大丈夫まだ誤魔化せるとりあえず笑え笑うのよ私。うふふふふふふ。


 じっとこちらを見つめてくる少年に冷たい冷や汗が流れる。


 この国では少々珍しい漆黒の髪と澄んだ青い瞳。

 言うまでもなく美少年。やっぱこの世界美形じゃなきゃ生きられない決まりでもあるんじゃないの…………?


「あのっ!」

「……っ!?」


 そんなことを考えていると、目の前の少年は私の手を突然ぎゅっと握りしめてきた。


 突然の行動に驚く私に、少年はよく透る声で言い放った。







「俺のために毎日から揚げ作ってください……っ!!」







 …………ほわっつ?


「ナンテ?」

「だから、俺のために毎日から揚げ作ってください!」

「ナンデッ!?」

「え、日本での伝統的な求婚の言葉と言ったらこれじゃないの?」

「いやそれ味噌汁だか……」




 ――――――――……え?




「ああ、お味噌汁! あれも美味しいよね、スープとはまた違った感じで! 俺はわかめとお豆腐とお麩の入ったやつが好きだなぁ」

「――――――――――え"っ?」

「コロッケ作ったのも君だよね!? まさかから揚げまで作ってくれるとは思わなかった! 次はハンバーグを所望しますよろしく!」

「いやちょっと待って!?」


 さすがに待って!? なんかいろいろキャパオーバーなんですけどっ!?










――――――――――――――――――


ここに来て新キャラ登場! なかなかに濃いぞ!?

果たして彼は……!?

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