第13話 ふたつの違いは
ありがたいことに『ハーバル・ガーデン』の売れ行きは開店初日から良好だった。
ハーブを売るだけでなく、店内で軽い食事とハーブティーを飲むことができるカフェ形式のお店は、開店当日貴族のご婦人方で溢れかえった……、らしい。
お店自体は取り扱っている商品もさして高級ではないし、貴族でなくても気軽に足を踏み入れられるはずだが、溢れかえる貴族の中に混じれるような勇者はさすがにおらず、落ち着くまでは平民のお客を得るのは難しいかと、父が苦笑していた。
周りからも暖かい言葉で応援され、薔薇の婦人はじめ、以前から私の作るもの買ってくれていた人たちからは開店のお祝いにと贈り物まで頂いてしまった。
とりあえず、世間には好評のようなので一安心である。
「と言っても、私がすることと言ったら今まで通りハーブを使って何か作るくらいなんだけどね」
いつもの温室でいつもの手製のハーブティーを飲みながら、ふうと息をつく。
なんだか周りは私のお店みたいな感じで受け取っているけれど、そんなんじゃない。お店を建てたのはお父様だし、責任者もお父様。お店で売ってる商品を作ってくれているのは、父の作った工場で働く従業員たちだ。
私はあくまで、ただの発案者でしかない。
「お店の要になってるのはアヴィの作ったものなんだから、間違ってはいないと思うわよ?」
本日も我が家を訪れたセシルははちみつを混ぜたハーブティーを口に運ぶ。
「セシルも行ってくれたのよね? ありがとう、嬉しいわ」
「もっちろん!! 開店三時間前に並んで見事お客様第一号の称号をゲットしたわ!!」
「そ、そう……ありがとう……」
ビシッとブイサインを決め、やり遂げてやった感満載の笑顔を浮かべるセシル。
ちなみにお店の開店時間は午前十時です……。朝っぱらから付き合わされたであろうお兄さんが不憫……。
「お父様もね、ヴィコット伯爵に勧められたカモミールティーが最近のお気に入りみたいで。沢山買ってらしたわ」
訂正。公爵も付き合わされたようだ。
国の宰相と剣術大会の優勝者をこうもあっさり使うとは…………セシル、恐ろしい子ッ。
え。公爵は夜寝る前に飲んでいらっしゃる? へぇ……、うちのお父様と同じね。
カモミールティーはストレスを和らげるリラックス効果があるから寝る前に飲むのは私もおすすめするわ。
公爵が何に対してストレスを抱えているのか…………は、きっと掘り下げてはいけない。
「お店の内装も素敵だったわ、木を使っているのがとってもおしゃれで!」
「お父様が森の民に依頼して作ってくださったのよ」
これも彼らと親交ができたおかげだ。
木で作られた調度品は温かみがあって、落ち着く空間を演出してくれている。まさに前世で見たハーブのお店のイメージそのもの。
お客の入りも良いし、出だしとしては問題なく成功と言っていいと思う。
……思うんだけど。
「本当にすごい人気ね。早めに行かないと売り切れになっちゃうくらいだもの……」
感心したように呟くセシルに対して、私は小さくため息を漏らす。
そう。お店が周りに好評で売れ行きがいいのは大変ありがたいのだけど。
値段がお手頃ということもあって商品は常に売り切れ状態。
そのためにお客が午前中に集中するという状態にも繋がって、お店の方もちょっと大変みたい。
出来れば常に一定の品数を置いて、どの時間帯に来ても商品を買えるという状態が望ましいのだけど。
お店に置いてあるのは日持ちのするドライハーブ。
ドライハーブを作るためには、葉に含まれる水分を完全に抜かなければいけないため、乾燥させるために約一週間弱の時間がかかる。
領内に建てた温室で逐一ハーブの生産は続けているけど、そこから商品として完成させるには少々時間がかかるというのが難点。
(一番いいのは電子レンジを使うことなんだけど……)
自家製ドライハーブを作る時の必需品。レンジを使えば水分を一気に抜くこともできる。
けどこの国にレンジはないし、それを作るというのはさすがにムリだ。
(こればかりはどうしようもない……)
だけど不思議なことに。
我が家の温室にあるハーブだけは、何故か異様に乾燥が早いのだ。
最初は同じように一週間余りの時間をかけていたのに、徐々にその期間は短くなり、最近ではハーブを干して次の日にはすでにカラカラに乾燥するようになった。
最初に気づいた時は「これもファンタジー現象か……」なんて思ったけど、うちの温室でだけというのは、さすがにおかしいんじゃないだろうか。
(お父様やルーじぃに調べてもらっても、特におかしなところはなかったし……、温室内の空気が乾いているわけでもない……)
温室の土間に植えられているハーブは今日も元気にすくすく育っている。
この差はなんなのだろう……。
ヴィコット領にある温室や工場も、設備的にはさほど変わらないはずなのに。
ヴィコット領特有の『植物が育ちやすい』という特性が何か関係しているのか、それとも…………。
(…………ダメだわ。いくら考えてもわからない……)
専門外の悩みに答えなんて出せるわけもなく、私は思考を打ち切った。
流行りに敏感な貴族が揃って手を伸ばしているというのもあるし、時間が経てばある程度は落ち着くはずだってお父様も言ってたしね。
(でもそれで人気が落ちるようじゃお店としてはダメなのよねぇ……)
はあ。結局悩みは解決しない。
「どうかしたアヴィ? 難しい顔して」
「ぴぃ?」
ピヒヨと戯れていたセシルに怪訝な視線で問いかけられて慌てて「何でもないわ」と笑った。
「今度はアヴィも一緒に行きましょう! 私ハーブクッキーが気になってるの!」
「ええ、もちろん」
「ぴ!? ぴぴぴーっ!!」
「はいはい、ピヒヨも一緒ね」
「ぴっ!」
楽しそうに笑う一人と一羽には申し訳ないけど……、今の状況ではそれができるのはいつ頃になるかなぁとこっそり苦笑して、私はすっかり冷めてしまったハーブティーを味わった。
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