第12話 シンボルマークは桜の花



 建国祭も終わり、祭りの賑やかさが嘘のように消え去った日常のある日。

 ヴィコット邸に一台の大きな荷馬車がやってきた。


 自室の窓からそれを見つけた私は一目散に玄関に走り、馬車の中から現れた人物に思いっきり飛びついた。


「お父様! お帰りなさいませ。どうでしたか?」

「お出迎えありがとうアヴィリア。話はうまくまとまったよ。ほらお土産はこの中だ」


 挨拶もそこそこに詰め寄る私にお父様は気にしたふうもなく笑って答えた。

 促されるまま馬車の中に視線を向けると、そこには私の待ち望んでいたものの姿が……!


「そう、これですこれ! 立派なレモンバーベナ……って多っ!?」


 中にぎっしりと詰め込まれた苗木の数に思わず声をあげてしまった。


「あの、お父様……。お土産は嬉しいのですが、さすがにこんなに沢山は……温室にも……」

「ああ、いいんだよ。残りは店の開店に向けてヴィコット領の生産工場の方に回すからね!」


(てまわし早っ!!)


 さすがお父様抜け目ない。例のお店開店のために父は目下準備中である。


「これらも早速向こうに送らなければならないね、うまく根付いてくれるといいんだが……」

「大丈夫だと思います。レモンバーベナは基本土壌を選ばない丈夫な種類ですから。ただ寒さには非常に弱いので冬の間は特に気をつけなければいけません」

「ふむ」


 ハーブを商品としてお店に出す以上、それなりの量が必要になる。

 となると、我が家の温室と私一人の腕では当然足りず。

 それを見越して父は、自らが治めるヴィコット領の一角に専門の温室と生産工場を建てた。


 建国の祖、アースガルド初代女王が緑の精霊と契約を交わした土地として、ヴィコット領は植物がとても育てやすいという特性を持っている。

 ハーブを育てるのにとても適しているのだ。


「それにしてもこんなに沢山……。よく売ってくれましたね」

「彼らにとっても貴族の顧客が出来ることは悪いことではないからね」


 みずみずしい緑の葉っぱのレモンバーベナ。

 レモンのような爽やかながらも強い柑橘系の匂いを放つこの植物は、建国祭の露店で出会った木工品売りのおじさんが虫除けに使っていたものだが、これも立派なハーブの一種。


 気持ちを穏やかにするリラックス効果にくわえ、頭痛や腹痛を和らげる効果があるので女性には割と需要があったりする。

 とくに女性はほら、月のものとかね……。私も前世では大変お世話になったもんよ。


 けれど、これは森の民の住む森にしか生えていないため、手に入れるには彼らの承諾が必要。


 なんとかこれらを手に入れることはできないかとお父様に相談したところ、お父様は早速彼らに話を持ちかけ、早々に買い取ることに成功した。


 森の民にとって森の木は自分たちの生活を支える要。

 簡単には頷かないんじゃないかと思っていたが、割とあっさり話がまとまって少々驚いた。


 貴族の客を得ることは確かに彼らにとってはプラスにもなるだろうけど、こうもあっさりいったのは父の手腕によるものだと思う。


 実に頼もしい限りだ。


(手に入ったのはレモンバーベナだけだけど、もしかしたら他にもあるかもしれないわね……)


 いつか是非とも行きたいものである。


「ときにアヴィリア」

「はい?」

「夏の開店に向けて、そろそろ店の名前とシンボルを決めなければいけないんだが。いいアイディアは浮かんだかな?」


 工場が動きだし、お店が完成に近づいた頃、お父様は私にひとつの頼み事をしてきた。

 お店の名前とそのお店のシンボルマークを私に決めてほしい、と。


「本当に私が決めてもよろしいんですか? お店のオーナーはお父様なのに……」

「そのお店は君がいたからこそ出すことができるんだ。君にこそ決める権利がある」

「…………変な名前を付けちゃったらどうするんですか」

「そこまで難しく考えることはないよ。ちなみにピヒヨの名前はどうやって決めたんだい?」

ンクのコだからピヒヨです」

「………………」


 無言で返事しないでほしい。悪かったですねセンスなくて。

 ……だから言ったのに。






 まあ、せっかくだから私なりにいろいろ案は出してみるけど……。


「うぅ〜〜ん……。“ハーブ園”、“ヴィコット・ガーデン”……は、ちょっと安易すぎる感じもするし……。“ハーブ・ガーデン”とか? むむむ……」

「ぴぴ?」


 自室のテーブルの上に何枚も紙を広げて、思いつく限りの名前を書き出してみる。分かってはいたら自分にこの手のセンスはない。

 あとはこの中からよさげなものをお父様に選んでもらおう……。


「ハーブのお店だって……。ほんの少し前までハーブなんて概念この世界にはなかったのにね……」


 増えていく紙を不思議そうに覗き込むピヒヨの頭をちょいちょいと撫でる。

 正直なところ、まだちょっと不思議な感じなのだ。それこそ夢を見ているような。


 この世界における基本的な貴族の飲み物は紅茶。前世では一般的だったコーヒー、炭酸飲料などは一切無く、ハーブティーもまたしかり。

 それでもハーブ自体は自生しているのだから、いつか世間的にも広まってくれればいいな、とは思ってはいたが……。


(意外に、どう転ぶか分からないものね……)


 まさか自分たちでハーブのお店を建てることになるとは、夢にも思わなかった。


「あとはシンボルマークね……。ハーブのお店なんだからやっぱり葉っぱをモチーフにするべきよね? でもそれだけじゃパッとしないような……なにかと組み合わせてみるとか……? ううぅぅ〜〜ん」

「ぴー?」


 自慢じゃないけど私にはネーミングセンスもなければ美術的センスなんてものもない。

 学生時代の美術の成績は平均以下だったし、何度も放課後居残ってやり直しを繰り返した記憶しかない。…………うん、ダメだわ。


「……何かいいのあるかしらね? ピヒヨ」

「ピィ! ぴ!」


 思い浮かぶ気がしない。半分現実逃避気分で傍らの小さな小鳥に問いかければ、まってましたとばかりに桃色の羽を器用に伸ばし、部屋に置かれた鏡台を指し示した。


 いや、正確にはそこに置かれた一枚のハンカチを。


「もしかして、さくら……?」

「ピィ!」


 私の問いに答えるようにこくりと頷く。

 縁に上品な薄桃色の桜の花が刺繍されている真っ白なハンカチは、建国祭が終わった数日後、バードルディ家から私宛に送られてきた品だ。


 送り主の名は、“ウェルジオ・バードルディ”。


 とくにメッセージも何もついてなかったけれど。きっと、血で汚してしまったハンカチのお詫びのつもりなんだろう。


 春の季節を微妙に過ぎた今頃に、店先に桜柄の物が置いてあることはほとんどない。

 髪飾りと同じように、特別に注文してくれたんだろうか。


 この花が、私の一番好きな花だと知って……。


「……うん。いいかもしれない」


 前世では桜といえば和風なイメージが強かったけれど、この異世界に和風洋風などのくくりはない。


 なにより、“私”を表す印といったら、やっぱりこれしかないと思う。

 もう一人の私の名前。

 もう誰も知らない、誰も呼ばない。私のもうひとつの名前。


「うん、決めた!」


 思いつくままに私は紙の上にペンを滑らせた。

 ハーブを表す葉と、私のシンボルとも言える桜の花。それらをモチーフにイメージを沸かせる。


 一枚描きあげては何度も何度もやり直し、また別のものを描き始める。

 その繰り返しは日付が変わる頃まで続き、部屋に明かりがついていることに気付いたテラが慌てて駆け込んできて問答無用でベッドの中に放り投げるまで続いた。




 そんな経緯を経て出来上がったお店のシンボルは最終的に、桜の花をモチーフに周りに月桂樹の葉を描いたものが採用された。






 そうしてこの年の初夏――――――。


 アースガルドの王都の一角に、世界初となるハーブ専門店。

『ハーバル・ガーデン』が誕生したのである。










――――――――――――


アヴィリアさんの意外な欠点

 ネーミングセンスは壊滅的。


ピヒヨ

 ファインプレー。

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