第11話 不死鳥の加護
「お兄様っ、こちらですかーーっ!?」
「セシルっ! 扉はもっと静かに! ここ医務室だから!」
王城の中に設えられた医務室。
そんなの気にもしませんとばかりに力いっぱいバターンと扉を開けて現れたセシルに、中にいた医師はもちろん尋ねられた本人であるウェルジオさえ肩をびくりと震わせた。
「セシル、屋敷じゃないんだ。もっと慎め」
「怪我の容態は!? 腕はくっついてます!?」
「話を聞け。……というかそこまでひどくない」
試合が終わるや否や、突如現れた城の衛兵によってウェルジオは医務室に強制連行された。
彼の怪我は試合を見ていた誰もが気づいていたから、おそらく第二王子がよこしてくれたのだろう。彼らは関係者席にいた私たちの所にもやって来て、ここまで案内してくれた。
その間セシルはずっと肩を怒らせていて、兵士たちが及び腰になるくらいの殺気を周りに撒き散らしていた。
試合の行く末を冷静に見守ることはできても、それと兄の怪我を心配することとはまた別なのである。
「大丈夫ですよ。出血ほどひどくはありませんでしたから。しばらく痛みは残りますが、すぐに良くなります」
そんなセシルの剣幕に臆することなく笑って答える医師はさすがのプロ対応である。
「――――――〜〜っああぁんのおとこぉーーっ! マジで何してくれちゃってんのかしら! アヴィに絡むだけでも万死に値するっていうのに……!! 今すぐ呪ってやる……、ぶっっっとい釘探して土手っ腹打ち付けてやるわ! 忌々しいGめぇ……、見てらっしゃいぃぃ……っ!!」
うねうね髪を漂わせながら地を這うような低い声で恨み言を吐くセシルの顔は正直直視できる部類ではなく、うっかりそれを見てしまった医務室の助手たちがまるで石のように固まってしまったが、正面にいたにも関わらず別のところに気を取られたウェルジオは幸いなことに妹の形相には気づかなかった。
「セシル!? あいつを知ってるのか? そんないつのまに愛称で呼ぶほどの仲に……!?」
兄的にはこっちのほうが気になるらしい。
ご心配めさるなお兄ちゃん。勘違いだ。セシルの言ってる“ジー”はジークの“ジー”ではなく、ゴキブリの“G”だ。親しみも何もない、完全な家庭内害虫扱い。むしろ彼の本名を頭に留め置いてるかどうかさえ怪しいもんだわ。
「ウェルジオ様、怪我の容態は……」
「心配ない、もうほぼふさがっている」
そう言ってひらりと手を振る彼の右手は大きめな傷テープが貼られているだけで。
「……え、ですが、あんなに血が滲んで……」
治療台の上に置かれた白いハンカチ。
手当てをするために外されたそれは、確かに大きな赤いシミを作っている。
「それが不思議なんですけどね? 手当をしようと外したときにはもうほぼ傷が塞がっていたんですよ」
そう答える医師も、若干驚いているようだ。
「出血が少しばかり多かっただけで、元々そこまで酷い怪我じゃなかったってだけさ。だから平気だと言ったろう」
「だからといってそのまま放置していいわけないでしょう。勢いのついた刃物ほど危険なものはないわ。しばらく右手は使っちゃダメよ、傷の治りが遅くなるからね」
「………………はい」
静かながらも有無を言わせぬ迫力のある言葉に言い返すこともできず、彼は大人しく頷いた。
こういうときのお医者さんは強い。さすがは王城勤め。相手が公爵家の人間だろうが容赦ない。
「大会にはこのまま出られるのですか……?」
「ああ。右手が使えなくても支障はないからね」
今度はひらりと傷のない左手を振ってみせる。
問題がないのは、彼が両利きだったからだ。そうでなければきっとここで止められてた。
私のせいで、大切な大会をダメにするところだった。
思わず口を開きかけたが、それよりも彼の口が言葉を紡ぐほうが早かった。
「……泣いたのか?」
「え……」
「目が赤い」
彼からの指摘にカッと顔が熱を帯びる。先ほど強く擦ったせいだ。
隠すように手で覆えば、爪が食い込んだ跡が目に入って、先ほど感じた罪悪感がまたふつふつとこみ上げてきた。
「あの……、ウェルジオ様……」
「先に言っておくが」
紡ぎかけた言葉は、それを形作る前にまたも彼によって遮られた。
「この怪我は完全に防ぎきることができなかった僕の力不足によって負ったものだ。君が責任を感じる必要はない」
私が何を言おうとしているのか、なんて。彼はお見通しだったようだ。
「分かったら、その鬱陶しい顔をさっさとやめるんだ。貴族の令嬢がいつまでもうつむくんじゃない」
みっともない、と言い捨てる言葉はいっけん冷たく突き放すようにも聞こえるけれど。
それが彼なりの優しさなんだということは、もう分かっている。
視線を合わさないようにそっぽを向く。
いつからか気づいたあなたの癖。
あなたはきっと気づいていないんだろうけど。そうすると微かに赤く染まった耳元が私からはよく見えるのよ。
どんなに冷たい言葉でも、その色づいた耳が彼の不器用な優しさを教えてくれる。
それがなんだかくすぐったくて、思わず笑ってしまった。
笑われてることに気付いた彼がじろりとこちらを睨みつけてきたけれど、色づいた頬はそのままで、ちっとも怖くなんかなくって……。
私はよけいに込み上げて来るそれを抑えられなかった。
すると突如、その顔めがけて血のついた白いハンカチがべしんっ、と打ち付けられて、緩んでいた頬が思い切り引きつった。
「まっったくお兄様ってば! なんですぐそうなのよ!! なんで素直に謝る必要はないよって言えないの!? そんなんだからアースガルド一のヘタレ野郎なんて呼ばれるのよ!!」
「呼んでるのはお前だけだが!?」
犯人は言わずもがな。彼に対してそんな芸当ができる人間なんて、ここには一人しかいない。
「ピー! ピピーーっ!!」
「私だけじゃないわ、ピヒヨもよ!」
「ピッチュ!!」
「鳥に!?」
いや、正確には一人と一羽だけど……。
胸ぐら掴む勢いでまくしたてるセシルと一緒になって責めるように鳴き声をあげるピヒヨ。なんとも面白い光景だ。
セシルもピヒヨも、ウェルジオに対しては全く遠慮がない。それでもいつものように手をだしたりしないのは一応怪我人だということを考慮しているからだ……と思いたい。
鳥にまでヘタレ呼ばわりされて項垂れるウェルジオの足元に落ちたハンカチを拾う。
赤い糸で縫った不死鳥の刺繍は、それとは別の赤ですっかり染まってしまっていて、これでは洗ってももう使えないだろう。
「……すまない。ダメにしてしまったな」
「気になさらないでください……。このお守りはあまりお役には立たなかったみたいですね」
「あら、もしかしたらそのお守りのおかげで傷が早く塞がったのかもしれないわよ?」
思わず苦笑してしまった私の手元をセシルがひょいと覗き込む。
「もう、そんなわけないじゃない」
「分からないわよ? 私のタイとアヴィのハンカチで二重の効果が出てたりして!!」
「なわけあるか」
「ふふっ」
セシルの言葉にやれやれと呆れる様子のウェルジオ。
まさかそんなと思いながらも、私は手の中の不死鳥の刺繍に目を細めた。
でも、もしかしたら。もしかするのかも。
アースガルドは精霊を信仰する、精霊たちの逸話が沢山残る国だから。
楽しそうなお祭りの気配に引き寄せられて、どこかでこっそり見てたのかも……。
…………なんて。
私もだいぶファンタジーに毒されてきたなと思って。
また笑ってしまった。
その後、順調に勝ち進んだウェルジオはアースガルド最年少で剣術大会の優勝を飾ることになり。
そのしばらく後、正式に騎士として就任したとセシルが嬉しそうに教えてくれた。
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