第9話 力の示し方

 


「何のつもりだ……っ」

「何がです? 今は真剣な試合の最中ですよ。思わず熱が入りすぎるのはよくあることです」


(それが狙いか)


 にやにやと歪む顔に思わず舌打ちが漏れた。


 情けないことだが、これも“よくある話”だ。

 大会で使用しているのが真剣である以上、大なり小なり怪我をするリスクは背負う。

 無論故意に傷つけることは失格行為で即退場だが、真剣試合に熱の入った選手の間では時折あることなので、その線引きが意外に難しいというのが現状だ。


 厄介なのは、それを笠に着て、わざと狙ってくる奴がいること。


(厄介だな……)


 そういう奴に限ってへたに怪我でもさせれば、自分を棚に上げてギャーギャー喚きだす。

 奴は自分を殺すつもりだったんだなどと喚かれれば面倒だ。

 となれば、誰が見ても納得できるような、“確実な勝利”を得なければならない。


(全く面倒な……っ)


 ウェルジオは手に持った剣を再び強く握りしめた。






「そんな……」


 初めて知る、武術大会の秘める裏の顔。

 知らなかった。剣術の世界は、騎士の世界というものはもっと正々堂々としたものだと思っていた。

 けれど同時にそんなことあるわけないんだとも思い知る。どこにだって卑怯な人間というのは消えずいるのだから。


「ウェルジオ様……」

「ピピィ……」


 一気に底知れぬ不安が全身を駆け抜ける。僅かに体が震えているのを感じたのか、ピヒヨが不安そうにこちらを見上げてくる。

 …………彼は、本当に大丈夫だろうか。


「大丈夫よ、アヴィ。そんな卑怯者にお兄様は負けたりしないわ!」

「ぴい!」


 力いっぱい応援を開始するセシルに、最早恐れている様子はない。

 セシルは心の底から信じているのだ、ウェルジオの勝利を。

 普段は仲が悪いくせに、セシルと一緒になってウェルジオを応援するように鳴くピヒヨの声に促されて、私は俯いていた顔を上げた。


 視線の先で、ウェルジオがジークの持つ剣を強く押し返した。






「…………っ、さすが、ある程度はやるようですね」

「訓練に手を抜いた覚えはないんでね」

「講師の方はよほどうまくあなたを立ててくれたんでしょうね、けれどいい方法とは言えない。そのせいで自分に実力があると勘違いしてしまう」


 ジークは追撃を止めず、再び剣を振るうも、ウェルジオはそれを難なく受け止めた。


「ここ数ヶ月はヴィコット邸に何度も足を運んでいたようじゃありませんか」


 何か無粋な勘ぐりでもしているようだが、自分は単にハーブとやらを届けるための足に使われていただけだ。


「そういえば、彼の令嬢にはまだ婚約者もいませんでしたね」


 合わせた刃がギリギリと擦れ合う中、眼前にある顔がニヤリと笑う。


「噂では手のつけられない我儘令嬢だと有名でしたが、所詮は噂好きの貴族の口によるものですね、あてになりません」


(それはどうだろうな……)


 よもや湖にドボンしたことがきっかけのミラクルメタモルフォーゼだなどと、この男は夢にも思うまい。

 ウェルジオは我儘令嬢だった頃のアヴィリアを知っている。

 けれど、その噂によって他者との関わりが薄かったアヴィリアの実態は、噂でしか彼女を知らない者たちからすれば『所詮ただの噂か』で終わってしまう程度なのだ。

 今の彼女を知れば、噂など眉唾だとして、これまでとは打って変わって彼女に寄ってくる人間は徐々に増えていくのだろう。


 ――――――そしてそれは、おそらくそう遠くない未来に。


 彼女が社交界デビューを果たし、表舞台に立つときが来れば。そんな噂は瞬く間に消えていくのだろう。


「今頃になって、逃した魚が惜しくなったんですか?」

「……何の話だい」

「いえいえ、かつてお二人の間にが上がったと聞いたものですから」


 なんで当事者の彼女ですら知らないことをお前が知っているんだと思うも、これも噂好きの貴族の犯行によるものかと思い至る。

 まったく金と暇を持て余したやつらめ。それにしてもよく喋るなこの男。


「今日もいらっしゃってるようですし?」

「…………」


 関係者席から時折聞こえてくる妹の声。

 声援はありがたいが、できればもうちょっと静かにお願いしたい、あれはもはや怒声の域だ。凄く目立ってる。

 そのたびに隣に座るアヴィリアが妹を制してくれているのが見えた。


「わざわざ自分が優勝する所を見せたかったんですか? 武術のことなど何も知らない令嬢を騙すのは、さぞ簡単でしょうね?」


 はたしてあれが簡単に騙されるような女だろうか。いや、でもしっかりしてるようで変な所が抜けてるからな……。

 自宅の庭とはいえ、夜に一人でのこのこ出歩くとか。


「ですが、この試合が終わる頃には、彼女も目を覚ましますよ、本当の強さを知ってね。どんなに上手く取り繕っても、己の実力は誤魔化せないものです」

「――――ああ、僕もそう思うよ」


 一度は離れて間合いを取ったウェルジオは、手に持つ剣を構え直す。


「おしゃべりが済んだなら、さっさと終わらせようか?」


 剣先をまっすぐにジークに向けて、アイスブルーの瞳を細めて嘲るように笑った。


「その余裕がいつまで続くか見ものですねっ」


 あからさまな挑発はジークを叩きつけることに見事に成功し、怒りを携えた彼は力を込めた追撃をやまず繰り返した。

 縦横無尽に繰り出される攻撃の勢いは凄まじく、観客はその姿に手に汗握るも、とうのウェルジオは余裕の笑みを浮かべたままそれら全てを身軽にかわしていく。


 そんな彼の姿は、誰の目から見てもたしかに優位だった。






 けれど、周囲の予想に反してウェルジオは徐々に押され始めていく――――――。


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