第8話 意外な邂逅

 


 その後も武術大会は順調に進んだ。

 剣を掲げて勝利を喜ぶものもいれば、敗北に気落ちしてこの場を去っていく者もいる。


 そんな中でウェルジオは順調に勝ち進んでいた。


「ここまでで六連勝。次の試合に勝てば七勝目だわ……」

「お兄様ならそのくらい当然よ、あれでも優勝候補よ」


 正直……、本当に正直なところを言わせてもらうと、彼がここまでやるとは思っていなかったのだ。


 私の中でウェルジオ・バードルディという人間は、嫌味じみていて、そのくせプライドが高くて、ちょっぴり扱いやすいツンデレのお坊ちゃま。

 まだまだ幼い、十四歳の少年と言うイメージが強かった。


(今日はウェルジオ様の意外な一面ばかり見ている気がするわ……)


 こうして身近に関わるようになってもうすぐ一年が経とうとしているが、私は意外に彼のことを知らないようだ。

 当然のように彼のことを語るセシルがちょっとだけ羨ましいと感じた。


「でも、ここからはちょっと厳しくなるかもしれないわね……」

「どうして?」

「ここまで来れば残った選手たちも相当の猛者ばかりよ。これまでみたいに楽に勝たせてはくれないと思うわ」


 先ほどよりも表情の硬いセシルは、それでもウェルジオの勝利を信じているようだった。


(ウェルジオ様……)


 けれど、この手の知識が皆無の私はその言葉になんだか無性に不安を覚えてしまう。


(どうか、怪我などなさいませんよう……)


「ぴぃー?」

「大丈夫よね、ウェルジオ様なら」


 不安げな顔を心配して顔を覗き込んでくるピヒヨの背を撫でながら、自分に言い聞かせるように呟いた。


「次鋒、前へ!」


 審判の声に促されてウェルジオが闘技場へ上がる。

 その反対側からは、彼の対戦相手である選手が姿を現した。


 その姿を見て、表情は一気に驚愕に染まる。


「あの男……っ」




 ***




「ごきげんようバードルディ様」

「君か」

「春のパーティーではお世話になりましたね。ずいぶんお楽しみだったようで」


 クスクスと楽しそうに笑う声がいやに鼻についた。


「妹がいつも世話になっている相手だからね。パートナーを務めさせてもらってもおかしくはないだろう」

「あなたはその妹に近づいてほしくないと思ってるんだと思いましたよ」


 あの夜、桜の下で見たような嫌な笑い顔だった。


「あなたの実力は聞き及んでいますよ。……優勝候補とは、大きく出ましたね」

「僕が言い出したわけではないんだが……、やるからには全力を尽くすよ」


 余裕ぶったような言葉が気に入らなかったのか、顔から笑顔を消した男は、嘲るように鼻で笑った。


「残念ですがあなたはここまでですよ。あいにく私は今までの選手と違って、相手が公爵家の人間だからといって、試合で気を使うような無粋な真似はしませんから」


 スラリと抜かれた剣が日の光を反射して鈍く煌めく。


「ウェルジオ・バードルディ対ジーク・マクレン――――――――試合開始!!」


 審判の鋭い声が放たれたと同時、二人は力強く地を蹴った。






「………………あの男、春のパーティーでアヴィに絡んだやつよね?」

「ええ、そうね……」

「ちっ、あれだけ呪ってやったのにまだ懲りてないのね……なんてしぶといGなの……。やっぱりただの釘じゃ効果なかったのかしら…………。もっとぶっといやつ探してこなきゃ……」


 どうしよう、さっきから隣の空気がすごく不穏……。

 美少女の口から漏れる舌打ちの破壊力たるやすさまじい。怖くて隣が見れません。

 というか釘って!? 呪いってまさかの丑の刻参り!? ……本気で殺しにかかってるわね。


「なんなのあの男っ、まるで権力で勝利をもぎ取ったみたいに!」


 セシルは完全にお怒りだ。

 勿論、ジークと言う男の言葉に怒りを覚えたのは私も同じ。

 たとえ武術に関しての知識がなくても、彼が相当の実力の持ち主であることは今日一日で十分分かった。


 けれど、悔しいことにこういうのは貴族間ではよくあることなのだ。

 私たちの顔色を伺いながら接してくる人は多い。

 私たちの不興を買わないように、機嫌を損ねないように、持ち上げることばかりを考えてる人は沢山いる。


「頑張ってお兄様ーーーーっ! 力の差を見せつけてやってーーーー!!」

「セ、セシル……、落ち着いて、目立ってるわよ!?」

「いっそ思いっきりグサッと!」


 いやそれ失格になるから!

 立ち上がって応援するセシルを、さすがに大声でその発言はまずいと、慌てて席に戻す。


 その間も闘技場内では、剣と剣が交わる甲高い音が幾度となく響いていた。


 そして何度目かが交わり、ジークの振り下ろした剣がウェルジオの脇腹をかすかににかすめた時――――、ソレは起こった。


「――――――……っ、あいつ!?」

「セシル……? どうしたの?」


 意気揚々と応援していたセシルの顔が一気に青くなる。


「今、あいつ……」


 声が震えている。よく見れば少し体も震えていた。

 一体何が起きたのか分からない私は、そんな姿に首を傾げるばかりだったが、次いで語られた内容に、背筋が凍った――――。



「あいつ…………、確実に、急所を狙ってた…………」


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