第7話 紫水晶の王子様
――――――ざわ……
しかし、周囲を満たしていた黄色い歓声は突如としてなりをひそめる。
観客が落ち着きなくざわめきだし、闘技場を満たしていた空気に緊張が走る。
「どうしたのかしら、急に……」
「アヴィ、あそこ」
セシルの指差す方を見上げれば、闘技場を一望できるテラス席の上に、先ほどまではなかった人影があった。
「陛下よ、陛下がいらしたわ!」
「殿下もご一緒だ」
神々しい貫禄で階下を見下ろすのは、アースガルド王国国王、アークタルス陛下――――――。
その後ろにいるのは……。
「おとっ……!?」
突如現れた王族の姿に萎縮にも似た感情を感じるも、後ろに寄り添うように立つ父の姿を見つけて、思わず反射的に上げそうになった声を慌てて押さえ込んだ。
父が国王陛下の側近という役職に就いていることは知ってる。
けれど、いつも家の執務室にいて、積もりに積もった書類の束と格闘している姿しか見たことがなかったから、騎士として佇む父の姿は実は見たことがない。
(お父様、別人みたい…………)
そして陛下の隣にひっそりと立つ、私と同い年ぐらいの男の子が一人。
この国の第二王子である、リオン殿下――――――……。
王城内で開かれている武道大会とはいえ、周りがこれ程にどよめいているのは、そこに彼の姿があったからだ。
「珍しいわね、王子様がこんな所に……」
リオン殿下はこういう公の場にあまり姿を見せないことで有名だ。
少々体が弱く病弱気味だというのもあるが、一番の原因はそれではなく。
「一応お城の中だからじゃない? ヴィコット伯爵もついてらっしゃるし、ここには今、腕自慢の人たちが沢山集まってるもの、安全な場所だと分かっているから、陛下も許可されたんじゃないかしら」
セシルの言葉にそれもそうだと頷く。
――――――それは同時に、それほどの安全策がなければ第二王子が表舞台に出ることはできないということを示していた。
きっかけは今から十五年前。このアースガルドで起きたひとつの大きな事件が始まりだった。
国王陛下の第一子。当時はまだ赤子だったこの国の第一王子が何者かに拐われたのだ。
国王はすぐに兵を動かし、それこそ草の根を分ける勢いで国中のありとあらゆる場所を探し回った。
けれど、王子が見つかることは結局なかったのだ……。
事件から十五年が過ぎた今でも、王子の行方は知れないまま―――…………。
何処かで生きているのか、既に亡くなっているのか。それさえも知るすべがない。
そんな事件があったからか、国王夫婦は次いで生まれた第二王子を城の中から決して出そうとしないらしい。こうして城の中で開かれるイベントにさえ姿を現すことは稀だ。
そこには突如我が子を失った親の切実な思いが込められている。
だからアースガルドの国民のほとんどが第二王子の顔を知らない。
かくいう私も、姿を見るのはこれが初めて。
そんな王子が、何故この剣術大会に……?
この場にいる誰もが浮かべる疑問だっただろうが、その疑問は私の中ですぐに解決した。
視線の先でくだんの王子がウェルジオに向かって小さく手を降っているのが見えたから。
彼と第二王子は幼少の頃から付き合いがあると聞いている。
(ご友人の応援にいらしたのね……)
彼がこの剣術大会に出ることを、友人である王子が知らないわけがない。
(…………あら?)
しかし、手を振られた側のウェルジオはと言えば、王子の姿を見てひどく顔を引きつらせていた。
その姿は応援に駆けつけてくれた友へ向けるものにしては、若干の違和感を感じる。
王子はそんなウェルジオの様子を気にかけるふうもなく、楽しそうに手を振り続けている。
普段城から出ないだけあって、遠目から見ているだけでもその顔の白さは際立ち、細身の体型と漆黒の髪に相まってひどく儚げに見えた。
そんな中でも、彼の深い紫の瞳だけはひときわ煌めいている。
王族の証である
王家の血を引く者だけが受け継ぐ、アースガルドで最も気高く高貴な色。
それ故に、この国では王族か、それに近しい者でしか身に付けることすら許されないくらい尊い色だ。
行方不明となった第一王子も、瞳にその色を宿していた。
アースガルドの王族であるという何よりの証を身につけて、何の力も持たない幼い赤子が外の世界でどうなったか、なんて。
誰もがその末路を考え、誰もがその度に口を噤んできた。
悲しい結末を思いながら誰もそれを口にしないのは、誰もが今でも祈っているからだ。
第一王子の無事の帰還を――――――。
(食べ物や植物を似せるだけじゃなく、ネット環境とか、技術的なものも似てればよかったのにね……)
そうすれば行方不明の子供一人を探すことだって、できたかもしれないのに。
なんて。所詮は結局、ないものねだりなのだけれど。
――――――――――
ちょこちょこ話に出てきた第二王子様ついに登場。
今後どんな活躍を見せてくれるのか……!
ちなみに第一王子……。
もちろん秋尋さんですよ。
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